王誕祭
華やかなラッパが城下町に響き渡った。 次いで、色とりどりの紙吹雪が空一面に舞う。 東の大国アリヴェン。 梅雨もさなかの6月だが、今日の日だけは女神も祝福するのか素晴らしい晴天にみまわれていた。 空気もどことなく軟らかい。 素晴らしい一日を約束するかのような気持ちの良い風の中、暁の昇りとともにその祝典は始まった。 「おめでとう!」 「おめでとう!」 「女神エンヤに幸あれ!」 「美しきアリヴェンに幸あれ!」 …チン! 「「―――我らがリーシェ陛下に、乾杯!!」」 男も女も大人も子供も、この日ばかりは無礼講。 祝いの花を髪や胸に挿し、お気に入りの衣装を着て出かける。 街の至る所には花籠を持った娘たちが、互いの服について褒めたり、他愛もないささやきを繰り返して戯れていた。 また、どこの店でも朝から祝い酒がふんだんにふるまわれ、所構わず「乾杯!」の音が聞こえてくる。 笑い声が漏れてくるのは当たり前。 いつの間にか大合唱なんてこともよくあって。 酒場と言わず道端と言わず、至る所でノリの良い音楽や踊りも披露されていた。 家々は花やリボンで飾りつけられ、エナ教とアリヴェンの飾り紋章が窓辺を彩り。 その中では今頃、今宵のパーティーの仕度に母娘が大騒ぎになっているだろう。 街中を包む晴れやかな空気。 下町ですら今日ばかりは華やかな雰囲気で、娼婦や舞子が珍しい話や舞いをして場を盛り上げていた。 めでたき日。六の月の、ある晴れた日。 ――――――今日は、国王リーシェの生誕祭である。 * * * * * * * * * * * * 「我らが母エンヤの御名の下、愛しき娘の生誕を祝い、祝福の風を贈ろう」 エナ教大神殿から来た高齢の司祭は、捧げ持つ杓杖を厳かにリーシェの頭上で二度三度振ると、ゆっくり皆の方へと向き直る。 それに、ざっと音をたてて幾百人が立ち上がった。 「おー、すげーな。結構、数いるじゃん。みんな暇なのな」 人々がうめつくす大広間の隅の方でこそりと――されど大胆に呟いた者がいた。 小声だったが口笛を吹きそうなその声音に、慌てて隣から注意が飛ぶ。 「静かにして下さい。……まぁ昨年は戦で祝い事をしていられなかったですからね。久々の祭に浮きだっているのでしょう」 「あれ?アイツの人徳の賜物だって言わないわけ?」 儀式の為の台座でひざまずく少女へとわざと視線をはしらせてみるが、問うた相手はニコリともせず返す。 「それは、当たり前のことですから」 「……あっそ」 キッパリ言い切るセルヴィに、つまんねぇなとカインは笑いながら肩を竦める。 それにアイスグレーの瞳が何か物言いたげに横目で見た時、部屋中がわっと沸き返った。 どうやら乾杯をしたらしい。 華やかな音楽が流れ、人々がさざめきだす。 「おい、大臣サマ。こんなとこに居てもいいのかよ?大事な姫さんが困ってるぜ」 見ると、国王と言っても歳若く小柄なリーシェは、他国の使者やら貴族達やらに囲まれて右往左往している。 とりあえず笑みだけは保っているが、その目は確実に助けを求めているものだ。 セルヴィはそれを見て、急ぎ立ち上がる。 「もちろん行きます。…………この国の大臣は礼儀知らずだ、などと言われては困りますから」 「はぁ?素直じゃね〜な〜。心配なら心配って言えばいーじゃねえか」 「…何か言いましたか?」 「いいや?…―――っと、んじゃ行くわ。夕飯(メシ)は適当に食って帰る。どーせ夜までこの騒ぎなんだろ」 ニヤニヤした笑みのままカインは背を向けて、会場を去ろうとする。 思わず、訝し気に声をかけた。 「どこへ行くのです?」 「んーまぁどっかに。こーゆー堅い席、苦手なんだわ。俺一人いなくたって変わんねえだろ」 じゃな、と片手をひらひらさせて行ってしまったカインにセルヴィはため息を禁じえない。 居なくなったところで…と彼は言っていたが、それはある意味正しく、ある意味大変間違っていた。 一時的な護衛として城へ来たカインは、正式な騎士となった今でもどこかイレギュラーな存在に位置している。 そんな彼を良く思わない者もおり、また逆に特権を持つ人物として近付こうとする者もいた。 そのどちらに関わることも、カインは嫌って。 だからこそ目立つ正式の式典に出るのを嫌がったし、リーシェも強要するのを良しとしなかったから、自然と免除になっている。 …セルヴィ自身はそれを甘えととらなくもなかったが、リーシェが認め、また彼との契約でもあるのだから別に文句はない。 (ただ、今回は…) 今回だけは、いつもと違う。 セルヴィは、この日を楽しみにし指折り数えて待っていた者を知っている。 …彼がこの場にいないことで悲しむ者が居るのを、知っている。 (知っていて引き止めなかったのだから、なおタチが悪いか……) 自嘲ぎみに口の端をゆがめていると、ようやく抜け出せたのかリーシェが駆け寄ってきた。 「セルヴィ、ここに居たのね」 「陛下」 「……一人?」 セルヴィの周りに誰もいないのは瞭然だったが、それでもリーシェは戸惑いながら問いかける。 セルヴィは、自分の答えが決して少女の願い通りでないことを分かっていながらも、それを口にした。 「カインなら、先程抜け出しました」 リーシェは目を見張り、次いで深く視線を落とす。 「………そっか」 声が沈んでいる。 幼なじみとして長年傍にいたセルヴィには、彼女の心の様子が手にとるように分かった。 睫毛が震える。……けれど彼女は泣かない。 (少し困ったように微笑んで…そしてまた、諦めるのだろう) ワガママを言うのに慣れていないリーシェ。 それは王として当然のことかもしれない。 だが今ばかりは、セルヴィは想像通りに儚い笑みを浮かべた少女に…ほんの少し苛立った。 ワガママに―――我が、儘に。 それは年頃の少女なら、きっと誰もが持っていていいものの筈。 「行ってきなさい」 「……え?」 「おそらく裏庭にでもいるでしょう。下町に行くにはまだ早い時間ですし」 しばし言葉を反芻する。 その言葉の意図しているところを正確にとらえると、リーシェはパッと顔を輝かせた。 「――いいのっ!?……あ、でも私が抜けるワケには…」 「いいから。後のことは何とかします。今日は貴方の誕生日なのですから」 好きに行ってきなさい。 セルヴィに後押しされて、リーシェは歩き出す。 後ろ髪引かれながら、けれども押さえきれない嬉しさに足を止めることは出来なかった。 「ありがとう、セヴ!」 満面の笑みで飛び出していったリーシェを見た者は、何事かと驚き見る。 他にも、本日の主役の王が居なくなったことに気付く者が出てきた。 「お人良しな事などするものではないな。……まあ、笑顔が見られたので良しとするか」 小さくごちると、広間に一人残されたセルヴィは、さて何と言い繕うか考えることにした。 * * * * * * * * * * * * パタパタ… 広間のパーティのせいか人影一つない廊下を走っていたリーシェは、目当ての姿を裏庭に見つけて速度を緩めた。 …と、足が完全に止まる。 カインの後ろ姿を見つけて、急に何と話しかけていいか分からなくなってしまったのだ。 (カイン) いつもとは違う、きちんとした正装姿に臆してしまう。 なんだか別人みたいで…。 「いつまでつっ立ってんだよ」 「へ?」 そのままぼーっと眺めていたリーシェに、呆れたような声がかけられたのはそれからすぐ後。 気付けば、カインはこちらを向いていて、その両の深紫の瞳はリーシェを見ていた。 「え、えと…」 突然話しかけられて少なからず動揺していたリーシェは、ぎくしゃくと庭に出る。 その様子が可笑しかったからではないだろうが、背を丸めて笑っていたカインは目の前に立たたリーシェを見て、不意に口をつぐんだ。 「カイン?」 「あ…ああ、何でもねぇよ。……んで?何か用か?抜け出してきたんだろ」 「?うん、あのね…」 …と言いかけるが、やっぱり上手く言葉が出てこない。 まるで言うべき事を忘れてしまったみたいだ。 馬鹿みたいに突っ立ってるリーシェに、カインは片眉をあげる。 (ああマズイ。絶対不審に思ってる…。早く言わなきゃ。………あれ?…私何言いたかったんだっけ?―――っていうか、そもそも私何しに来たのだっけ!??) 思考がぐるぐると回るばかりで一向に纏まらない。 おまけに暴走しだして、最初の目的すら忘れそうになる。 早く言わなきゃという思いばかりで、焦りだけがつのって。 (こ、来なければ良かったかも…) リーシェが普段の彼女にあるまじき『逃走』という最終手段にはしりかけた直前、カインがのんびりと口を開いた。 「オマエさー、いくつになったんだっけ?」 「へ?じ、18だけど…」 リーシェは面食らったが、とりあえず答える。 するとその答えに満足したように、カインが提案した。 「お、んじゃ酒飲めるな〜。今度下町の酒場にでも連れてってやるよ」 「へぇ、嬉し…」 思いがけない誘いにリーシェは顔をほころばせるが、すぐに「ん?」と眉を寄せた。 一転して怒りの表情になる。 「―――って、カイン!『オマエ』って呼ぶなって言ったでしょう!私にはちゃんと名前が有るのだから」 「ん?ああそうだな、リーシェ」 「………あ」 思わず目を見張る。 素直に訂正したカインにも驚いたが、それよりも懐かしい問答に胸をつまらせた。 無意識に、笑みが浮かぶ。 「…出会った頃にも、同じこと言ってたわね」 「そうだったか?」 「そうだよ。……ふふ、なんか嬉しいなぁ」 リーシェはくすくすと笑いをもらす。 それはリーシェにとって、とても大切な記憶の一つ。 はじまりの夜のこと。 あの夜があったから、今こうしてカインは此処に居てくれている。 風のように旅をしてきた人が、何故この国に留まっているのか分からないが、それでも自分とあの夜話したことが要因の一つになっているのではないかと思った。 自惚れではない自信も、一応ある。 …だからこそ、今日という日が迎えられてこんなにも嬉しく思うのだ。 ずっと笑い続けているリーシェに、カインは困ったような呆れたような笑い顔を見せる。 「ばぁか。何笑ってんだよ?」 ―――何言ってんだ、女王。 (うん…) 飾らない言葉。 ぶっきらぼうだけど、本当は優しいことをリーシェは知っている。 沢山、沢山言葉を貰った。 リーシェが欲しかった対等な目線で、いつも真実の言葉を言ってくれた。 (私を一人の人間と扱ってくれていた) <刀>もセルヴィもリーシェの『臣下』であるのは仕方のないこと。 それはそれで愛しくかけがえのない者達だし、全力で庇って支えになってくれる彼らがとても好きだ。 けれど、そこには決して消えることのない柔らかな壁があって。 その向こうを望んではいけないと思っていた。 諦めをもって禁じとしていた願い。 (…思い出した) リーシェはようやく、自分が何を言いたかったか思い出した。 セルヴィに背中を押してもらった、その言葉を。 大切な今日という日に。 カインへと、一歩踏み出した。 リーシェは満面の笑みで、ただ一言そっと口にのせる。 「―――あのね、…ありがとう」 「……」 カインは何も返さない。 けれど、言葉の意味は伝わったと知っているから、リーシェもそれ以上重ねて言わなかった。 半年前。 剣を預けてくれて、 『言葉』を与えてくれて、 この国を好きになってくれて、 …有難う。 「ああ」 やがてニヤリと笑うと、カインはそんな風に返した。 ほんの短い返事。 それだけで、何故だかリーシェは満ち足りた気持ちになる。 (ああ何だろ、…すっごく嬉しい) その幸福感に、一層ふにゃと頬が緩んだ。 ……と、 「カイン?」 カインが急に天を仰いで何か考えこんでしまった。 小さな声で悪態をついているようだ。 かと思いきや、いきなり片腕を挙げて降参のポーズをとる。 「あーくそ、まいった。参りました!……ったく、まだまだお子様だが…」 「へ?カ、カイン〜?」 話が見えないリーシェは首を傾げるが、カインは苦笑を一つ浮かべただけだった。 「いい女になったなってことだよ。…と、――手ぇ出せ」 「?はい」 貴族相手に挨拶しなれているリーシェは、いつもの癖でつい左手を差し出した。 それをおもむろにカインが取り、 (えっ、え…えええ!?) 貴族の正式な挨拶のように地面にひざまずいたカインに、リーシェは混乱した。 珍しくもない行為だが、カインが相手となると違う。 とんと考えられないような行動に出た彼にリーシェは言葉を詰まらすしか出来なかった。 もちろん左手はカインの手の上だ。 「…っ、カ」 「―――我が王の生誕を祝って」 言葉とともに、手に軽く触れる感触。 恥ずかしくて直視出来なかったが、それが何か見なくても分かる。 …時間はほんの一瞬。 気づいた時には、いつもの距離に戻っていた。 「誕生日おめでとさん、リーシェ」 カインが軽く付け足した言葉は、リーシェが今日何より欲しかったもの。 「………っ」 不意打ちのように貰ったプレゼントに、リーシェはいっそう声を詰まらせることしか出来なかった。 …頬が熱い。顔が赤くなっていると、想像でなく確信がもててしまう。 (…あ〜ッ、もう!) 悔しいけど、こればっかりは勝てない。 年の功と言ってしまえばたやすいが、経験の差は…なんだか腹立たしくもある。 (いつか、勝ってみせるんだから!) 「……?何か言ったか?」 「べつに〜」 宣戦布告はまだ胸の中。 遠くない未来にまた、こんなことを話してみよう。 とりあえず、リーシェは今日という日をめいいっぱい楽しもうと笑顔になった。 誕生日の特権を利用して、夜の舞踏会にカインを引っ張りこむのも良いだろう。 年に一度しかない日なのだから。 「ね、もう一回言って?」 「は?」 「さっきの!」 「…ああ、アレか。やーだね。一回だから価値があんだろ?」 「そんなことない!ねぇ、お願い〜」 「〜〜ちっ、しゃーねえなぁ」 「Happy birthday、――――Rishe!!」 (fin.) 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中途ハンパに砂吐き小説です。あぁ、恋愛モノってむずかすぃぃー(泣) |
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