番外編競作 その花の名前は 参加作品

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 「天の庵」番外編

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風花邂逅

ceylon

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それは、まだ旅人・苓夜(レイヤ)が巫女の茜莉(センリ)と出会う二年前のこと。
(リョ)大陸、中央部の交易の街・弥々(ヤヤ)で毎朝のように開かれる、市の中で――――



(うーん…。ここも手掛かりなし、か)
朝一で目当ての情報屋を訪ねてみたが、空振りだった。
不在という意味ではなく、情報なし。
すでに3年、世界を放浪して探しているが未だ目当ては見つからない。
探し人がすでにこの大陸にいないのならお手上げだったが、占い師によるとそれはないらしい。
ただ、そこまでしか、それ以上は分からないとも言われた。
(ま、気長にいこう)
ため息をつくと、旅のつれである櫻(オウ)の待つ宿へと足をむけた。
空はまだ陽が昇ったばかりだ。
今から出発すれば日暮れまでに次の村へと着けるだろう。
そんな計算を頭の中でしていると、ふと目の前に一輪の花が差し出された。
「お兄さんっ、これ女の子にあげればきっと喜ぶわよ〜。ね、買ってって!」
見ると、後ろで高く一つに結った髪の娘が、そばかすのういた顔を満面の笑みにして花を差し出していた。
大きな花弁のついた白い花は、たしかによく手入れされていて見栄えがするものだった。
けれど、旅には邪魔でしかない。
断ろうと口を開いたところで、…苓夜は目を見開いた。
(この、花…)
「……お客さん?」
怪訝そうに問い掛けられてハッと我に返る。
「あ、いや。何でもない」
「そーですか。どうします?買っていかれますっ?」
「うーん…」
少し、迷って。
「…じゃ、一輪だけ」
「はぁい♪まいどっ」
苓夜が買う意を伝えると、商売用の笑顔で花を差し出してくれた。
かなり安いその額を払うと花を受け取り、再び帰路につく。
白い花びらが風に揺れて、甘い芳香を辺りに漂わせた。
郷愁を、呼び覚まして。
それは、遥か遠くの記憶。
けれど、忘れることのない――忘れられない、その…出逢い。
甘き薫りと白き閃光のふもと。
(けど、本当はもっと…)

もっと、もっと、甘くて――――――――








タッタッタッタッタッ
小気味良いリズムの足音が森を駆け抜ける。
「はぁっ…はぁっ」
息はけっこうきれぎれだ。
いくら普段から駆け回ってる苓夜であっても、もう二半刻も走っているのだ。
自分の身からでたサビとはいえ気持ちが萎えていくのを止めるには、がむしゃらに走るしかなかった。
気をぬくと、この先へ行く事をためらってしまう。
禁忌の、森。
(姉さん…怒るかな?)
夜のうち働いている姉は明け方には帰ってくる。
夜中、こっそりと余裕をもって出てきたが行きにこれだけ時間がかかっているのなら、帰るころには空が白じんでしまうだろう。
苓夜がいないことを知ってさぞや驚くに違いない。
そして、心優しい姉はたしかに怒るだろうが…それよりも胸を痛めて泣くのだろう。
無茶をやりたがる盛りの苓夜はいつも泣かせてしまう。
本当はそんなつもりはないのに。
――けれど、分かっていても今更引き返すことはできなかった。
これは、苓夜のプライドがかかっているのだ。
(臆病者なんて、言わせない!)

それは、子供どうしのささいな争い事だった。
ふとしたことから、鳶(エン)からさほど離れていず、危ないから近寄るなと言われている禁忌の森に行こうという話になった。
姉からきつく言われていた苓夜は当然反対したが、逆に臆病者と罵られた。
売り言葉に買い言葉。
まさにそんなカンジで苓夜は一人で禁忌の森に行かなければならなくなったのである。

「そろそろの筈なんだけど…」
外観からいってもう最深部あたりだろう。
森の静かなの雰囲気からいってもそれは分かる。
苓夜はもうひとふんばりと、走る足に力をこめた。
――ザッ……
ふいに視界が開けた。
広い、広い空間に何故か主のように根をはる巨大な木。
その枝は真白き雪のようで。
銀の葉が汚れなき聖域のように、凜と光っていた。
「……――」
苓夜は言葉を忘れたかのように立ち尽くす。
太陽の輝きすら時を止めたように静かで。
…動くのはただ風の揺らす葉の音ばかり。
息をするのも忘れて、その幻妖な風景に魅入られていた。

ぽつ、ぽつ、ぽつ…

木々のあちこちから、ふいに光が生まれ出す。
目に痛いソレではなく癒されるような優しい光。
それは儚さとは対極の力強い存在で、苓夜の目を虜にした。
「……人が来るとはのぅ」
ぽつりと、言葉が投げかけられるまで他者の存在に気付かないくらい、その不思議な木に見取れていた。
苓夜は思いもよらない声にびくりと首をすくませる。
くつくつと笑い声が聞こえた。
「おかしな童(わらし)よ。我の領域に久かたに訪れた人間というに、見惚れて声もでぬか」
その声は不思議な響きをもっていた。
高くも低くなく、心を揺さぶるような女神の声。
艶やかな容姿と肢体をもちながらも華香水のような匂いをもたず、清廉とした涌き水のような色をもたぬ声。
それは人外のものの証ゆえか。
ごくり、と喉がなった。
「童、汝が名は?」
「れい…や」
無意識に言葉を紡ぐ。
何故かそうしなければならない気がしたのだ。
感情のみえない銀の瞳にじっと見つめられて鼓動がはやくなるのを感じた。
風が揺れる気配がして、枝に立つ人ならぬモノが笑ったのを感じた。
「苓夜…墜つる夜か」
萌黄の髪に銀の瞳。
苓夜はその瞳の色が精霊を示すなんて、知らなかったけれど。
美女に見える人ならぬモノが、性別などというワクに入らない存在だということは朧げながら分かった。
神の従順なしもべのように、巨木を見上げて女の言葉を待つ。
女はくすりと笑うとその白い手を優美にひらめかせた。
「あ…ッ!」
思わず声がでた。
純白の枝の先に灯っていた光が女が触れた途端、いっせいに見事な大輪の花弁をひらいたのだ。
その白は、すぐに汚されてしまう弱さではなく、すべてを飲み込む強さ。
咲き乱れた花々は、ひらりひらりとその衣をなびかせ、風住まう大気にその身を舞い踊らせる。
白き花びらの乱舞で、辺りは雪景色のような錯覚をおこさせた。
「我が名は櫻(オウ)。風を統べる主。黎明の名をもつ童よ、我と契約せぬか?」
木々の葉擦れ、草わたる音、鳥の声、水の揺らめき、そして…舞う花びら。
すべてに風の喜びを感じて。
めまいに似た浮遊感が苓夜をつつむ。
それは、生まれおちる瞬間の震えにも似て……―――――――






宿の扉に手をかけたとき、風が吹いた。
木々を揺らし涼やかな音を奏でていく。
苓夜は微笑した。
あの頃巨木に見えたあの木は、今はもうない。
主である櫻が離れたからだ。
「遅い」
階段を昇り部屋の扉を開けたところで、聞き慣れた声が文句をつけた。
何年たっても変わらないその態度に思わず苦笑がもれる。
「悪い。おわびにこれやるよ」
「貢ぎ物か」
「貢ぎ物…って、あのなぁ…。みやげだよ」
まったくこいつは…とため息をついて、花を放る。
投げられた花を難無くうけとって、櫻は驚きをあらわにした。
「この花は…」
「偶然、市で見つけたんだ。まさかもう一度見れるなんてな…」
白き大輪の花は、変わらず綺麗で。
それを告げると櫻はあでやかな笑みを返してきた。
「あたり前じゃろう。わらわの花なのだから」
その自信ありふれる笑顔にくすくすと笑いがこぼれる。
アタタカナ想いは、今も昔も変わらずその胸にあった。
変わったのはお互いの距離だけ。



ふと、苓夜は口を開く。

「そういや、その花、何て名なんだ?」
「なんじゃ、ばちあたりな。知らなかったのかぇ」
「いーだろ!花の名なんて知るワケないだろ」
「まったく…。これはな……」





「月風花(げっふうか)というのじゃよ」








―――皓き月のカケラ

      風に踊りその光を映して

           清廉な強さ、と人は言った………








FIN


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その花の名前は

短編

  風花邂逅―kazahanakaikou―

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番外編紹介:

 苓夜と精霊・櫻の出会い。焦る気持ちを抑え、禁忌の森を辿る苓夜が見たものは―――
 「出会い」「森」「FT」「幻想」「風」「精霊」

注意事項:

注意事項なし

(本編連載中)

(本編注意事項なし)

◇ ◇ ◇

本編:

天の庵

サイト名:

奏風庵

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