村から少し離れた川辺。 空は晴天。 照りつける太陽がまぶしくて、茜莉は目が覚めた。 「……生きてる」 寝転がったままぽつりと呟く。 草がさわさわと風になびいて穏やかな音楽を奏でている。 平和、という言葉が身にしみる。 生きていることに感謝したい気分になって、……茜莉は飛び起きた。 近くに誰の姿も見えず、焦燥感にかられて声をあげる。 「苓夜っ?李璃さまっ!?」 「こっちじゃ」 「え?」 遠くから女性の声が聞こえた。 幸い、怪我などはどこにもなく、痛みも感じられない。 声のしたほうに軽やかに走っていってみると、川の近くに人影が見えた。 女性と青年である。 しかも青年は寝かされており、動く様子がないのに茜莉は焦った。 「苓夜!?どうしたの?」 「安心せぇ。単に『力』の使いすぎで、消耗しているだけじゃ。暫くしたら目も覚めるであろう」 「……ホント?良かったぁ」 ほっとして肩の力をぬいた。 そこまできて、ようやく茜莉はもう一人の人物に気がついた。 「…あのっ、助けていただいてありがとうございます」 「わらわが助けたわけではない。礼ならそこのネボスケにでも言うがよかろう」 「はい。あ、私は茜莉です」 「知っておる。巫女の娘子であろう。わらわは櫻じゃ。まぁ……苓夜の保護者じゃ」 「へぇ〜」 「……何、勝手なこと言ってんだよ」 「――苓夜!」 「わっ、急に押すな!」 漸く目を開けた苓夜に茜莉が飛びつく。 あやうく川に突き落とされそうになった苓夜は、何とか耐える。 まだ会って2度目なはずだが、あの嵐を共にしたことでやや親近感がわいている。 もちろん苓夜の社交性と、茜莉の人懐っこさも手伝っているが。 「苓夜、無事?無事?」 「お、おぉ。無事。それより茜莉は?」 「ぜーんぜん大丈夫!……何ともないけど、まだ、ちょっとだけ、混乱してる…」 茜莉の声が沈んだ。 (無理もない) 自分たちは『神』と出会ったのだから。 「ねぇ、……聞いてもいい?」 暫くして、茜莉は二人に話しかけた。 「あの後、神殿がどうなったか……分かる?李璃さまは……っ」 「李璃さま?」 聞き覚えのない名に首をかしげる。 「巫女頭の一人。……あたしの、大切なヒト」 (……ああ、あの女か…) 『神』が力を放つその瞬間、こちらを――茜莉を見ていたのに苓夜は気づいていた。 他の頭たちとは対象にその表情のどこにも焦りを見つけられなかった。 ただこちらを見つめる瞳。 ゆっくりと唇が開かれ、音のない言葉を紡いでみせた。 ―――センリ。また、ね…… そういって、笑んだのだ。 あでやかな、笑顔で。 「………。櫻」 あの後。 爆発のあと。 結界を張るので『力』を使いはたして意識を失っていた苓夜にかわり、櫻が口を開く。 「わらわ達が居た聖堂は爆発し、跡形もなくなったようだ。聖堂で、生存者が見つかったという話はなかった。ただ、爆発はそこだけであとは全く被害がなかったのが幸いと言えば幸いか」 「………」 生存者、なし。 けれど。 「私たちが生きているんだから、もしかしたら……って思っててもいいかな。もしかしたら李璃さまも、生きてっ………」 「……茜莉」 苓夜の胸でわんわん泣きだす。 その確率は低いだろうと思いながらも、苓夜は言葉を飲み込んだ。 代わりに苦い思いが胸を満たす。 (……人、を。罪のない人をこの手で……) いつもとは違う。 『神』を宿す器と選ばれてしまった少女。 (彼女は、『凶印』をうけてはいなかった) この手で、多くの未来をもつただの少女を殺めてしまったのだ。 未来永劫、彼女の魂が蘇ることはない。 …許されるだろうか。 許されるはずがない。 何より自分で自分が……許せない! (神の裁きを自分こそがうけるべきなのに……) 何故、こんな力を与え給うた? 自分には、重すぎるだけなのに。 「………苓夜?」 小さな声に瞼を開ける。 いつの間にか、茜莉が涙に濡れた目で苓夜を見つめていた。 「泣いているの?苓夜も、悲しいの?」 「………ああ」 ささやくように答える。 苓夜の目からは涙は出ていない。 だが、心は泣いていた。 体を離し、向かい合うように座って茜莉はそっと苓夜の頭を撫でた。 「私には苓夜の悲しみが何か分からない。……でもね、たぶんこれで良かったんだよ。これが正解だと今は信じていいの。だって苓夜はやれるだけのことをやったのだから」 「………」 「苓夜は、私を助けてくれたんだよ。……ありがとう」 「………ああ」 心が、すっと軽くなった。 鳳蓮の言葉が、よみがえる。 ―――…それは、あたし自身の救いにもなっている…… 一緒にしては悪いけれど。 …ほんの気休めかもしれない。 でも、誰か一人でもそう言ってくれたなら。 救われる。 (まだ、大丈夫) 照れくさくなって苓夜は微笑した。 茜莉も頷く。 「そうそう!人間笑っている時が一番だってね!」 「……笑顔も大切だが、おぬしはこれからどうするのじゃ?」 「わぁっ!………お、櫻さんっ驚かせないでください」 「どうもわらわを忘れているようなのでな。それで?」 我が道をゆく櫻は、忘れられていたことが許せなかったらしい。 櫻らしい励まし方に苓夜は苦笑した。 「う〜ん」 問われた茜莉は地面を見つめながら、考える。 「神殿……いまさら戻れないよねぇ。って、戻りたくないなってのが本音。 あんなのが、私たちの崇めてきた神だなんて…知らなかった」 「あれか……。あれは、結局何だったんだろーな」 『神』と呼ばれていた、とてつもなく邪悪なもの。 本当にリクナ神かも定かではないが、いずれにせよ危険な存在であるのは明白である。 櫻は沈黙のままだ。 目を伏せ、なにかを考えているようにも見える。 (………) 苓夜はちらりとそれを横目で見る。 茜莉は突然、何かを閃いたのかのように顔をあげた。 「ねぇっ、旅しているんでしょ?あたしも連れてって!」 「……は?」 「いいですよね、櫻さんっ」 「……ふむ、わらわは良いが。苓夜次第じゃな」 今度は苓夜に頼みこむ。 「お願いっ!何処にでも行くからっ!!」 「〜〜〜。……行き当たりばったりの旅だ。危険すぎる」 「大丈夫。少しなら武術の心得もあるし。 ―――それにね…私、ずっと外に出たかったの」 その言葉には甘えた憧れではない響きがあった。 「私さ、孤児なの。神殿の前で倒れていたのを保護してもらってね。今まで育ててもらった恩ある神殿から出るに出れなかったけど。……ずっと、外へ行きたかった。土の匂いにつつまれながら、おもいっきり風を感じるの。ずっと、夢だった」 風につつまれて笑う茜莉は、あの堅苦しい神殿の中よりよほど似合っていた。 自由な風のように。 どこまでも駆け抜けていく。 苓夜は一つ溜め息をついた。 「……仕方ないな。後悔しても、知らないぞ?」 「うんっ!ありがと!!」 「ふふ。楽しくなりそうじゃな、苓夜」 「……なんで俺に、そんな笑顔を向けながら聞く?」 「さあな?」 「〜〜おいっ!」 「何やってんのー?はやく行こーよー」 草の海に立ち、茜莉が呼ぶ。 陽の光に照らされて、茜莉の髪が金に染まる。 その色は懐かしい記憶を呼び覚ました。 (ああ…。待っていて、必ず行くから……) さあ、旅立とう。 新たな仲間と、共に――――― <一章/完> □あとがきという名の座談会 Back/ Novel |
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