関所での調べが強化されたことから客――それも主に旅人――の出入りが悪くなった帝都の宿は、どこも空き部屋ばかりで2部屋とるのも苦労しなかった。 むしろ苓夜たちを歓迎してくれ、夕食はサービスとまで言ってくれる始末。 そこまでしなくても…と思う気持ちはあったが、折角の好意なのでありがたく頂くことにして、苓夜たち三人はまだ陽も高いうちから部屋に入った。 「わぁ!苓夜、見て見てっ。お城が見えるよ〜」 部屋の窓から外を覗いていた茜莉が、嬉しそうに叫ぶ。 「城?……陽華城か?」 茜莉の隣に立ち窓の外を見やると、そこには陽光をうけて美しく輝く豪奢な城がたっていた。 隣に並び建つ双世教本部の神殿の象徴・双尖塔も溜め息をもらしたくなるような素晴らしいものだったが、やはり城には及ばない。だが、共に見栄えのするものだった。 周りの街並みも他の町に比べるとかなり整備されており、石畳が白くまぶしく反射している。 通り沿いに連なる家々も、大きくはないが白を基調とした優雅な作りで、城と教会と街全体を映えさせているように見えた。 けれど。 「なんか…静かだねー」 茜莉が首をかしげて呟く。 そう。大陸の中心の活気のある街にしては、やけに静かな空気が入った時から気になっていた。 いや、静かなだけではない。街全体が、微かな緊張状態にあった。 (ぴりぴりとした気配。間違いなく『蜻蛉』のせいだろう) 帝都で『蜻蛉』の存在に緊張しているのは何も兵士ばかりではない。争いを望まない住民たちも警戒した気配をまとっていた。 いつ自分たちの生活が脅かされるのか、と。 けれど宿に入る前に立ち寄った食堂で聞いた話によると、意外にも町人たちは城や教会で『蜻蛉』が暴れる分については文句一つ出ていないみたいだった。 同じ帝都でも住民区が被害にあわなければ別にどうでもいいらしい。 それは町人たちが自分勝手というより、帝王・華鐘の人気がないためだろう。 その華鐘の手先となっている教会も他の村より評判が良くない。 (それは、民の格好と関係があるんだろうな) 実は、苓夜は時おり窓の外を通り過ぎる民衆の格好が気になっていた。 もちろん日傘を差し、共を連れて優雅な衣装をまとっているような者もいるが、それとは別に少々みすぼらしい格好をして通り過ぎる者がいることに違和感を覚えた。 美しい家々とはあまりにも似合わぬ姿。 歓楽街に住むような一部の者かとも思ったが、それだけにしては数が多い。 事実、その美しい家にみすぼらしい服のまま子供の手を引き、帰っていく母親の姿を見た。 そして誰もそのことに違和感を感じていないようだった。 財産と呼べるものは家も服も同じな筈だ。ならば、何故? (たぶん、それは…) 年々酷くなっていく、税金のせいだろう。 帝都の住人だからと言って減税されるわけでもない。むしろ、ここの家々は『帝都』としての景観の統一のため建築にある一定の水準がもうけられていた。 もちろん土地の分の税金も馬鹿にならない筈だ。 おそらく住居にすべて財産をつぎこむことになった結果、その反動として衣食にまわす余裕がなくなったのだろう。 見かけばかりの華やかさ。切り詰められた生活。 …そして、それはやがて一つの憎悪を生み出していく。帝王へと。 「ねえ、帝王華鐘ってそんなにイヤな奴なの?」 「え?」 「ほら、私ずっと神殿に居たじゃない?外に出たって言っても村の中だけだったし。いまいち『帝王』っていうのがよく分からないんだよねー」 まるで考えを読んだかのようなタイミングで茜莉が疑問を口にした。 黎玖撫教の北神殿で暮らしていた茜莉は当然、帝王の名前すら聞いたことがなかった。 もちろん幹部などは知っていたのだろうが、下の位にいた巫女たちが知っていた知識はというと帝王という者がいるということくらいで、それ以上の情報は本当に一切もっていなかった。 だから苓夜に尋ねたのだが。 「…さあ?」 聞かれた方もあっけなく肩をすくめる。 『鳶』という特殊な場所にいた苓夜も所詮は帝王なんて遠い存在でしかなく、多少の噂話が入ってくるくらいで、今まで大して興味もわかなかったのだ。 「でも随分と金使いが荒い人物らしいな。陽華城の中は金銀財宝で歩くにも眩しいって話だったぞ」 「……それは、イヤだなぁ…」 苓夜の言葉に、げんなりと茜莉が呟いた。 汗水流して働いた金を、衣装代も食費もけずって集めた金を、税金として取られた挙げ句、湯水のように自分の享楽のために使われたのでは腹もたつだろう。 同じ帝国領でも鳶は帝王の実態を知らないだろうが帝都に住む者にとっては、あの城が何よりの証拠だ。 より反発心が強くなるのかもしれない。 (だから軍は、より『蜻蛉』を警戒しているんだ) 人々は『蜻蛉』に対して文句を言っている。言っている…が、実際は支持もしている。 あの帝王をいつか倒してくれるのではないかと、期待して。 なまじ不可能とは言いきれない実力を発揮し、教会への襲撃を2度も成功させた『蜻蛉』。 それに加わらんとする町人の数が後をたたないのが現状だった。 実際、『蜻蛉』のメンバーの半数以上が帝都や近隣の村の民で構成されているらしい。 近くにいたため、より帝王に嫌悪を抱く気持ちも強くなったのだ。 「軍も大変だな」 「え?何か言った?」 「いや、別に。それより、今後はどうしようか」 思考を打ち切るように、苓夜は話題を変えた。 「とりあえず情報屋じゃろう。街の者から聞くのも一つの手じゃが、まずは本業者に聞くが道理」 鳥の姿から華麗な美女の姿になった櫻は、当然の如く一人だけ椅子に腰掛け話をする。 「わー人間の櫻さんだ!うんうん、そーだね。とりあえずは情報屋さんを見つけなきゃね」 「わらわは精霊じゃと申しておろうに……。よいか茜莉、わらわは古精(こせい)というて遥か古の神の時代からいた種族ぞえ」 「へぇぇ、すごいんだねっ!古精って櫻さんだけ?今もたくさんいるの?」 初めて聞く内容に茜莉は目を丸くしながらも、矢継ぎ早に質問する。 「いや。古精は五種いてな。わらわはその内の羽伽精(うかせい)という種族じゃ。風の精の王と呼べばよいかのう。古精はちと特殊でな、一種族に一精霊しかおらぬ。だから、現在存在する古精は五精霊ということになる。言うことが分かるかえ?」 「う、うーん…?……えと、櫻さんは実はずーっとおばあちゃんってコト?」 「違う」 失礼な言葉にぴしゃりと否定の言葉が入る。 「…まぁ、人の子の寿命に換算したら、わらわはとうにその3倍以上は生きておるがな。一度しか言わぬからよく聞くがよい。―――わらわたちは遥か長き歳月を生きるが、永遠の存在ではない。神ではないからな。千年に一度、死ぬ時がやってくる。通常の精霊はそこで仕舞いじゃ。だが、古精は『代替わり』というものをおこす。死した自らの死骸から精霊が生まれ、そして次の古精となるのじゃ」 「ふぅーん。じゃあ、櫻さんもお母さんから生まれたんだねっ」 「違う。……ふぅ。茜莉、おぬしはもう少し一から精霊の勉強をせぇ」 「ええっ、ひどいよ〜!私、黎玖撫教の巫女だったんだから知らなくて当然だもん。精霊信仰は、双世教の話でしょ?」 「まぁ、そうじゃが…。仕方ない。今日のところはわらわが講義してやろう。有難く思うのじゃぞ」 「はぁーい」 「そもそも、精霊というのは親子という概念が存在せぬ。生み出すのは自分の分身。自分の『精気』を分け与え分離していくのじゃ。だから『同じ』ものができあがる。古精の『代替わり』も、記憶をそのまま受け継ぐという点以外はそれと同じ原理で……」 (…………) まだ理解しきれていない茜莉のために仕方なく説明を付け加えていく櫻の声を聞くとはなしに聞きながら、苓夜は内心とても驚いていた。 櫻が古精だということは知っていたが、代替わりの話は今初めて聞いた。 おそらく櫻は苓夜にも聞かせる意図で話したのだろう。 いや、むしろ最初から苓夜に聞かせる意図だったのかもしれない。 何故、と疑問に思う。 旅の仲間に対してあまりにも無知であるのは苓夜自身自覚があったが、しかしそのように育てたのも櫻自身であった。 いずれ話す、と。それまでは―――と。 (今になって、何故) 今が、その時なのだろうか。それにしては茜莉を間に介すなど、おかしい。 問いかけたくても問いかけられないもどかしさに心の隅で苛立ちながら、苓夜は意味もなく革袋をさぐってみたりした。 ……と。 (あれ?) その袋の感触に違和感を覚える。 慌てて袋の口を開けて、中を見やる。 (え……あ、あれ?) 「どしたの、苓夜?」 冷や汗をかきながら、必死に財布代わりの革袋を探る苓夜の様子に茜莉は小首を傾げてみせた。 だが、苓夜はそれどころではないらしく机の上に中身をバラまいて確認している。 コロコロと転がるそれらを舐めるように見ながら、苓夜は力無い笑みをひくりと引きつらせた。 「やばい、……金がない」 一拍の後、茜莉が大声をあげた。 「え…ええええっ!?それってそれって、無銭宿泊?いや、まだ泊まってないから大丈夫かも??でででも、もう部屋に入っちゃってるわけだしっ?」 「い、いや…茜莉、落ち着いて。別に今日泊まる分はあるからさ…」 「え?そーなの?」 「でも、あと数日もいられないかも」 「ええー!?」 再び叫んだ茜莉の声の大きさに、櫻は少々眉をよせ。 「煩いのぅ。金だなんだと騒ぎおって。折角わらわが壮大な話を聞かせてやっておったというに…」 「…悪かったな。けど、金がなきゃ困るだろう。この残りじゃ、数日宿に泊まれても情報一つ買えやしない」 「ならば、さっさと調達せぇ」 「調達…ってどうするの?どっかで仕事見つけてくるとか?」 情報の値段は高い。並の仕事の稼ぎではすぐに、というのは無理だろう。 茜莉の問いに、苓夜は何故かにやりと笑みをつくりながら首を振った。 「いや、もっと簡単な方法がある。……そうだな、4日間別行動にしよう。茜莉は櫻と一緒に街の人から情報集めをしておいてくれ。俺はその間に金を稼いでくる。それでいいか?」 「うん。私はそれでいーけど…」 「あ、でも女二人はまずいか。櫻、頼む」 「……久しぶりじゃな。まぁたまにはよいか」 苓夜の要請に軽く嘆息すると、櫻は姿を変えた。 淡く萌黄の光が身をつつみ、風もないのに髪が舞い上がる。 背が高く、肩幅が広くなり。 光が消えた後のその姿に、茜莉は驚きの声をあげた。 「えええっ!お、男の人になった…」 髪や瞳の色、雰囲気は同じだが体格がまるで違う。 今や櫻は苓夜よりも身長が高い、麗しき偉丈夫となっていた。 「以後、お見知りおきを。茜莉殿」 「せ…茜莉殿って…」 戸惑う茜莉に、苓夜は笑いながら言葉を付け足す。 「深く気にしなくていいさ。ちょっと堅苦しい喋り方だけど、意外と楽しいと思うよ。 ―――じゃあ、この残りの金を渡しておくよ」 「えっ……じゃあ苓夜は?」 「俺はこれで十分。じゃ、四日後な」 苓夜は袋の中から銅貨一枚を掴み取ると、部屋から出て行ってしまった。 銅貨一枚でどうするというのだろう。 四日の仕事で稼げる額なんてたかが知れている。 混乱する茜莉に、青年姿の櫻は助け舟を出した。 「主(あるじ)殿の腕は確かだ。なにせ本場仕込みなので」 「……?本場仕込みって、ナニ?」 涼しい顔をしながら櫻は続ける。 「賭け事だ。主殿は鳶にいた頃より、天分の才をもっていた」 「………素直に、喜べないなー」 Back/ Novel/ Next |
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