――1――


大陸一の広さだと言われている帝都。

物が集い、情報が集い、人が集うトコロ。

出会いと別れが擦れ違うところであり、そして交差するところでもある。

流れの中心部。

すべてはこの街に向かって流れて、そして出て行く。

止まることのない流動の街。

美しき街だった。

帝王・華鐘(かがね)の住まう陽華城のお膝元。

常に人が溢れ、賑やかな麗しき都。

……人はこの街を、“華都(かと)”と呼んだ。









がらがらと音をたてながら、あまり整備の整っていない街道を荷車が一台はしってきた。

侶大陸では移動用の定期便などある筈ないので、乗り物と言ったら耶茅(ヤチ)と呼ばれる俊足の四足を誇る中型の草食動物に荷車をひかせるものだけとなっている。

糸のような細い目と鋭い角をもつ頭部は小ぶりにできているが、足が太く、何より丈夫なことが荷車をひくのに最適な条件になっている動物だ。

本当は直接背に乗った方が移動も断然速い筈なのだが、この動物は変なトコロで誇り高く、飼い主はおろか誰であろうとその背に乗せることを嫌う。
王だろうが神官だろうがその背を跨いだ瞬間、振り落とされるのは必至だ。

ちなみに、風の噂によると他大陸のとある民族だけが乗りこなせるらしいが、真偽は定かでないらしい。

騎乗を嫌がるのならば荷を引くのも似たようなものだろうと思うのだが、耶茅にとってそれはまた別の話のようで、軽快に荷台を運びながら走る様は、嬉々としているように見えるから何とも不思議である。

その荷車が、ある門を通過しようとした時だ。

「そこの荷車。速やかに止まれ」

突然その荷車の進路を阻むように人影が現れ、停止を求める声がした。

だが、耶茅は驚くこともなく予定通りに緩やかに停止し、その歩を止める。

「責任者、出て来い」

「へ、へぇ。あっしがこの一座の頭を務めさせていただいております者です」

荷車の後ろ手の幕が開けられ、中から小太りの男が出てきた。

商人というには少々奇抜な服装をしており、一目で旅芸人と分かる格好だった。

「『カビラ』旅一座で、あっしを入れて6人で巡っております。東をまわってきた所で、今度は帝都で興行を開かせて頂きたいと思ってまして…」

「ああ、確か以前に来たことがあるな。6名…確かに。では荷を検める。幕を開け」

硬い声をした男―――兵士は、命令して荷車を覆っている幕の入り口を開けさせた。

頭だと名乗った男は抵抗もせずにすぐ開けさせる。

それもその筈。この関所で帝国の兵士に逆らったら良くて出入り禁止、悪かったら牢行きになるのは身に染みて知っている。

どちらにしても旅一座としては困る事態になるのだ。

開けられた幕の中では、派手な服装をした者たちが神妙にして兵士が来るのを待っていた。

「では名を確認していく。呼ばれた者は前へ出てくること」

記録簿に書かれている名を順に呼んでいく。

女、男、男、女と続き、次いで男の名が呼ばれた。

「名を『杜土』、男、前へ」

「……は、はい」

「?」

声はすれど出てくる様子はない。不穏な行動とみなして兵士は声を荒げた。

「何故、前へ出てこない?貴様、帝国に逆らう気か!?」

「い、いえ…っ!ごほ、そんなことはっ、決して!!ごほっ、ごほごほごほっ!!」

「……病持ちなのか?」

「そ、そうなんですよ!杜土はこの前立ち寄った村で病を拾っちまって。咳が酷くて帝都で良い医者に診せようと連れてきたんです。だから、無作法なのは少し勘弁していただけると嬉しいんですが」

「…ふむ」

「ごほごほっ、も、申し訳…」

目を凝らすと堵土と呼ばれた男は荷車の一番奥で横になっているらしかった。

厚手の毛布で体を温めながらも起き上がれない状態で、辛いのだろうと察せられた。

他に人影はいないかと見回すが、狭い荷車の中で隠れられそうな所もない。

「まぁ、いいだろう。立ち入りを許可する。これが、通行手形だ。なくすと今度は街から出ることができなくなるから気をつけるんだな」

「へ、へぇ。有難うございます!」

兵士は荷車から降りて、持ち場へと戻る。

…と、ふと振り返り、一座の頭だと言った男へと向き直る。

「興行の成功を祈っている。息子が楽しみにしているんだ。それと、医者は北通りの端にある所が良い」

気遣いの言葉に一座は嬉しそうな笑顔を向け、礼を幾度も言って関所を抜けていった。

それを見送る兵士のもとへ、関所の中からもう一人の兵士が出てきた。

先にいた兵士に向かって敬礼する。

「お仕事ご苦労様です!葱牙(そうが)副将軍どの」

葱牙、と呼ばれた男は苦笑する。

「たまにはこういうのもいい。普段の君たちの苦労が身に染みるよ」

「有難きお言葉です。しかし……こうして副将軍自らこうして検問に立ち合うなど、物々しいですね。そんなに警戒すべき相手なのですか、『蜻蛉』とは?」

『蜻蛉』と聞いた葱牙の表情から笑顔が消える。

眼光が鋭さを増すが、それでも声は平静に保とうと努力する。

「検問で注意すべきなのは『蜻蛉』ではない。奴らは……関所など使わずに帝都に侵入する方法を持っている筈だ。あれだけの大きい組織が二度も教会に侵入することができたのはそのためだろう。悔しいが。いや…、今はそれはいいんだ。君たちが注意すべきなのは外の敵。帝国は今、『蜻蛉』を潰すことを最優先としている。そのため他のことに構っている余裕はないんだよ、分かるかい?」

「要するに、これ以上争乱の種が増えないようにと?」

葱牙は頭の回転が良い返事に笑顔を向ける。

「そうだ。だから皆、手を抜けないんだ。……さて、では僕は今日はこれで帰ろうかな。後、まかせて平気だろう?」

「はっ、お任せ下さい」

真面目で折り目正しい兵士に、にこりと笑って関所を後にする。

これから城に戻って他の仕事をしなくてはならない。

大量に溜まっている仕事のことを考えると戻るのが嫌になるが、そうも言ってはいられないだろう。

なにせ住人からの苦情はくるは、教会から被害備品の補修をなんとかしろと言われるわで警備以外の仕事も山ほどくるのだ。

それもこれも『蜻蛉』が教会で派手に暴れたために他ならない。

(蜻蛉……)

そこに居るであろう男を脳裏に思い浮かべたとき葱牙は猛烈な怒りにとらわれた。

地位を捨て、仲間を捨て、住む場所を捨て、家族さえ捨てた男。

憎くて憎くてたまらない筈なのに、まだほんの少し心に痛みがあることに嫌悪する。

まだ完全にあの男を捨てきれていない自分が、何より疎ましい。

だが、真実を知りたいと思う心もある。

突然の裏切りであったが故にその行動の意味は謎に包まれていた、あの男の心。

何一つ言わずに、何一つ知らせずに去ったあの背中に、葱牙は止める術を持たなかった。

何故、と問いかける声は今も続いている。

(あの男が何故すべてを捨てたのかが分かれば、この心も定まるかもしれない)

何故、蜻蛉は帝国に仇をなす?

何故、帝国の将軍だった程の貴方が主だった帝王陛下へ刃を?

何故、

なぜ…、

(何故なんだ?刀呀、兄さん―――――)





* * * *





「本当に、助かった」

「いやいや、兄さんの演技が良かったんだよ。それに、あっしらも助けてもらったんだからお互いさまだ」

(いや、演技じゃないんだけど…)

関所から離れ、帝都に入ってすこし行った所に荷車を止め、一座の頭の男と『杜土』―――もとい病人に扮した苓夜は、共犯者として笑いあう。

あまり大声になってもマズイので忍び笑いをもらしていたら、苓夜のかぶっていた毛布がもぞもぞと動いて中から赤い塊がでてきた。

「ううっ、暑いー!」

「あ、茜莉ごめん。忘れてた」

「息は苦しいし髪はぼさぼさになるし、ツラかったよー!…って、あれ?景色が違う〜。もしかして帝都に着いたのっ!?」

「そうだよ、お嬢さん」

頭の落ち着いた声に、茜莉が嬉しそうに振り向く。

「一座のおじちゃん!無事に関所通れたの?苓夜、ヘマしなかった??」

「って、茜莉…」

「ああ、完璧だったさ!お嬢さんもよく頑張ったね。二人とも、あっしらの一座に加われるくらい立派な演技だったよ」

「そっか、良かったぁ!」

茜莉のほっとした様子に、一座の他の面々も笑い声をあげる。

しばし、のんびりとした空気が流れる。

仕掛けは、いたって単純なものだった。

欠員の代わりを探していた一座に、苓夜たちがそれになることを申し出る。

病持ちということならば厚手の毛布をかぶっていてもおかしくないし、口元を布で覆っていても問題ないということで作戦はあっという間に決まった。

帝都に出入りする旅一座は厳重に記録をとられており、一人たりとも欠けていたり別人であってはいけないという掟があり、それを破ると関所を通過する手形を発行してもらえない。

一方、追われている情報がいくら敵対勢力の双世教だとしてもまわっている可能性があるかもしれないと考え、苓夜たちも出来れば隠密に中に入りたかった。

そんなワケで、利害が一致して協力することになったのだった。

「さて、行くかね」

一服を終えた頭が移動することを告げると、一座は耶茅の荷車に再び乗り込む準備を始めて慌しくなる。

苓夜と茜莉はそれを邪魔しないように、脇にどいて支度が整うのを待つ。

「兄さんらはこれからどうする?あっしらはこのまま街に入って宿でもとろうかと思うんだが」

「どうするの、苓夜?」

「んー…、残念だけど俺たちはちょっと連れと待ち合わせをしててね。先に行って欲しい」

「そうか。兄さんらも何か事情がありそうだな。じゃあ、ここでお別れだな。寂しくなるなぁ」

本当に寂しそうにしてくれる様子に、茜莉は思わず声をかける。

「おじちゃん達は帝都で興行するんでしょ?私、見に行くよっ」

「おやおや、それは嬉しいねぇ!……と、言いたいんだがね。あっしらはこの街に興行しに来たんじゃないのさ」

「え?そうなの?」

「お頭、喋りすぎじゃ…」

一座の一人がさすがに咎めるように声をかけるが、頭の男は笑顔でゆるく首をふる。

「いいさ。お嬢さんらには助けてもらったからね。……二人は『蜻蛉』を知ってるかい?」

「反帝国組織の」

「そうさ。…ところで、あっしらの一座には一人足りないだろう?兄さんが代わりを務めた『杜土』は、病もちの母親がいてね。その薬代を稼ぐためにしばらく一座を抜けていたんだ。もっとワリのいい仕事をするために」

頭は一度言葉を切った。

「だがね、家を持つということは帝国に縛られるということだ。当然、税金も払わなきゃならない。あの歓楽街『鳶』や、あっしらのように身一つで流れ旅でもしてなきゃ、それから逃れられん。……帝王は非情さね。薬代でとっくに蓄えは底をついているというのに、杜土親子に追い討ちをかけた」

たかが税金のために兵士が出される。

城からではない。その地方を取り締まっている領主の私兵団が強盗まがいに金をせびりにくるのだ。

だが、領主がすべて悪いわけではない。

その地方の民が支払わなかったら、今度はその領主が直接絞られることになるからだ。

「税金をすべて持っていかれ、金の尽きた途土はそのあと病持ちの母親と二人で川に身を投げた。……あっしらが報を聞きつけていった時にはすでに葬儀も終わっていたよ」

「…………」

「あっしらを頼ってくれたらと言うのは簡単だったが、実際のところあっしらもそう蓄えがあるわけじゃない。杜土は分かっていたんだろう。だが、あっしらは怒りの行き場が欲しかった。―――そういえば、ここに来る前に領主には復讐をしてきたんだ。招かれた酒宴の席で、こっそりと皆の料理に毒を盛り付けていってね」

すでに表情なく、淡々と言い放つ男に苓夜は何も言うことができなかった。

一座の面々も思い出したのか、耐えるような仕種で聞いている。

「時期に追手がかかり、あっしらもお尋ね人の仲間だろう。だが、帝王には何としても復讐を果たしたい。―――そこで『蜻蛉』さ。あっしの調べたところじゃ、あの組織が一番帝王の首の近くにいる。もう興行も出来ないだろうし、一座の皆で『蜻蛉』に入ろうと言うことになったんだ」

「だが、『蜻蛉』は帝都の外に拠点があるって聞いたけど?」

「兄さんは、蜻蛉の本拠地の場所を知ってるかい?」

「いいや……、―――ああ!そういうことか」

「え、なになに?どーいうこと?」

「まずは案内人に会うのが先ってことだよ、お嬢さん」

頷く苓夜を横目に何を分かっていない茜莉は、頭に助けを求める。

だが、頭もはっきりと言わずぼやかすような答えを返した。


―――『蜻蛉』に入るのには手順がある。

まず有能な情報屋から『目印』の場所を聞き出し、そこに現れるだろう『案内人』を探しだし、話をつけ『試験』される。そこで合格した者だけが、晴れて蜻蛉の本拠地へと『案内』されるのだ。


「そういうわけだよ。……じゃあまたな。生きてたらまた会おう」

そう言って、復讐の興行へと向かう旅一座の荷車は去っていった。

残された苓夜たち。茜莉は切なげにそれを見送りながらぽつりと呟く。

「……なんだか、悲しいね。帝国ってそんなに酷いのかな?さっき会った兵士さんは、そんなに悪い人には見えなかったけど」

「帝国すべてが腐っているわけではないのでしょう」

「櫻さん」

ばさばさと羽を舞わせながら降りてきた櫻は、そのまま苓夜の肩に乗る。

空を飛べる櫻は関所越えなどせずに、帝都へ侵入を果たしたのだ。

「彼は副将軍だと言っておりました。上のほうの者にもまだ良心的な者がいるということかと思います。ですが、それで事態が良くなるかは」

「難しいんだ…ね。―――でもその『蜻蛉』って組織、すごいんだね!他の街でもあんなに有名になってるほど強いなんて。いつか本当に帝王を倒しちゃうのかな?」

「シッ……」

苓夜が黙るように口に指を当てる。

関所を越えてきたのであろう他の旅人が不審気にこちらを見ていた。

「とりあえず街に入ろう。これからの話はそれからで……ゴホッ」

「あれ?苓夜、演技はもう終わったんだよ〜?」

ゴホゴホッと数度むせるように咳をする苓夜に、茜莉は明るく言う。

だが、それは今言うには逆効果だったようだ。

「あのな……演技演技って言うけど、俺はおまえらのせいで本当に風邪をひきそうなんだよッ!!」

「えー?何かやったっけ?」

「さぁ?私は存じませぬ」

「白々しく嘘を言うな!『演技はやはり真剣見が必要でしょう』とか言って吹き込む櫻も櫻だし、それにのって本当に川に突き落とす茜莉も茜莉だっ」

「あ、あはは〜。まーまーそのおかげで無事通りぬけられたんだしね?ね?」

冷や汗を浮かべながら笑顔で宥める茜莉の姿に、はぁとため息をもらした。

なんだか茜莉が加わってから段々と俺の扱いが酷くなってきたような……と、気のせいか頭まで痛くなってきた気がする。

「あー温かい湯でもつかりたいな。今夜は風呂つき宿にしよう」

「わーい、お風呂だっ!!」

もう反省気分を忘れて笑顔全開に喜ぶ茜莉を横目で見ながら、苓夜はため息とともに一つくしゃみをした。

前途多難だが……いざ、帝都へ。






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