雫石―sizukuisi― ――1―― 「ねーちゃん。茜莉ねーちゃんってば!!」 「へっ?……ああっ!」 ごろごろ… 耳元での突然の大声に、私は思わず持っていた果物をばらまいてしまった。 柑橘系の匂いを撒き散らしながら、辺りに散らばる。 いっけない!手伝いの筈が逆に仕事増やしてるよー…。 わたわたと慌てる私の側に、原因となった子供が寄ってくる。 「何やってんだよ。ほんと、トロクサイなぁ〜」 むぅ。そこまで言わなくったって! 「元はと言えば、遊芽(ユガ)のせいじゃないっ」 「はぁー?俺が何したってんだよ。ねーちゃんが自分で落っことしたんだろ、ドジ」 「〜〜〜っ」 「あーあ。折角の収穫物が傷物になっちまう」とぼやく目の前の子供に、思わず握りこぶしを作ってしまう。 何が悲しくて6歳の子供に、こんなに馬鹿にされなきゃいけないのーっ。 「お、あんな所まで転がってる。取ってきてやるよ」 そう言って遊芽は道の隅まで走っていってくれる。 あれ?意外といい子なんだー。 その背に「ありがと」と声をかけて、私は果物を再び籠に戻してゆく。 さっき苓夜が、枝からもいだばかりの新鮮なものだ。 ん〜いい香り♪ 太陽をいっぱい浴びたみずみずしい香りに、自然と笑顔になっちゃうのは仕方ないよね! ―――侶大陸北部、聿(いつ)の村。 神殿から逃げるように村を出てきた私たちは、比較的近くにあったこの村を訪れた。 双世教の村には、そうそう黎玖撫教の人は入れないからだって苓夜は言ってた。 ……黎玖撫教。 私の育った場所。 こんなことになっちゃって悲しいけど、戻りたいとは思わない。 ううん。どっちにしても、もう戻れない。 あんなに酷い爆発で頭達が全員……たぶん、全員、死んだ。 あんまり信じたくないけど…。 そんな中で私一人が生き残ったというのはどう考えてもおかしな話で、追及を逃れる為には出るしかなかった。 …有りのままに答えることは出来るの。 けれど、きっと信じてはもらえない。――それは、確信って言ってもいい。 私が知ってる限りで、神殿でそんな頭の柔らかい人いなかったもの。 一人をのぞいて…。 ………。 ………………………。 あっ!暗くなっちゃった!! えっと、だからね。そーゆーわけで私達はこの村に来たの。 農家ばかりの小さな村だけど、尋ねてきた私達をアタタカク迎い入れてくれた。 宿屋がないからって(そのくらい小さな村なの)、民家の一つに泊めてくれたの。 そう。さっきの遊芽の家。 ただで泊めてくれるっていうから、せめてものお礼にちょうど収穫期にあった農作業を手伝うことにしたんだけど……、うぅ……これが私、とってもお荷物なの…。 「はぁ。拾い終わった…。傷は……うーん。大丈夫そうに見えるし、平気かな?」 これで全部だよねと振り向こうとして、私は遊芽がまだ取りに行ってたまま、道の隅にしゃがみこんでるのを見つけた。 何かをじっと見ていて動かない。 (何やってんだろ……?) 不思議に思って近付いてみる。 「なに見てんのー?」 「ん?ああ、ねーちゃん。なあなあ、コレ見てよ。きれいだろっ?」 俺が見つけたんだぜ、と言って遊芽が見せてくれたのは―――すっごく綺麗な石だった。 真っ白で、時々透明なカケラが混じってる。 丸く軟らかな石で、真ん中が少しへこんだ不思議な形をしている。 「へぇ、雫石(しずくいし)だ〜」 「知ってんの!?」 遊芽は目をキラキラさせている。かわい〜。 私も昔、初めて見た時は同じように……リリ…様にねだったっけ。 懐かしさに心を和ませながら、そうだよ、と頷いてみせる。 「へ〜」 ふふっ、でもこの石の特徴は色の綺麗さだけじゃないんだ。 「あのね、真ん中に穴があるでしょ?この石はね、夜露に濡れた草花からぽつりぽつりと落ちてくる雫を受け止めて、こういう形になるの」 天の恵みの、さらにその残り露を受け止める石なんだよ、と言うと遊芽は感心したようにへぇ〜と頷いた。 「ねーちゃん意外と物知りなのな」 「…ちょっと、ソレどーゆーことっ?も〜教えてあげない!」 「え、ちょっ、そんな怒るなよ〜。俺が悪かったからさぁ〜」 私が本気で怒ったと思ったのか、遊芽が慌てて謝ってくるのが可笑しくて、つい笑ってしまった。 「ぷ……遊芽、かわいい」 「〜〜っ!(//)なんだよ、からかってたのかよ!」 「違う違う。遊芽がいい子だなって思ったの!」 くしゃくしゃと頭を撫でると、文句を言いながらも遊芽は笑ってた。 ああ、弟がいるってこんな感じかなぁって思う。 「…雫石にはもう一つ意味があってね」 「うん?」 「自身の体でね、持ち主の哀しい涙を受け止めてくれるんだって」 そう。これも雫石に纏(まつ)わる話の一つ。 もちろん前者が本当の話で、後者はただの言い伝えなんだけどね。 「ふーん」 遊芽は石を見ながら適当に相槌をうつ。 あんまりパッとしない反応だ。 うーん、まだ小さいからよく分からないのかな? とりあえず遊芽が取りに行ってくれた果物を籠にいれた。 …と、けっこう道草をくってしまったことを思い出す。 うわ……そろそろ戻らないとマズイよね。 「遊芽。そろそろ行こう?収穫物を置きに来ただけなのに、遅いって怒られちゃうよ〜」 裾をパンとはたいて、私は立ち上がる。 だが、まだ石を手に持っている遊芽は何か考えながらしゃがみこんだままだ。 「ゆーがー」 「あー…うん。……。なぁ、ねーちゃん。これ、持ってってもいいかな?」 ちょこんと座って私を見上げる姿が、なんだか愛嬌があって笑えちゃう。 ……と、そういう話じゃないよね。 なになに?雫石を持っていっていいかって? んー…まぁ… 「いいんじゃない?珍しいものだけど、希少価値がついてるほどでもないし」 「―――やった!」 私が頷くと、遊芽が嬉しそうに笑った。 同じように裾をはたいて立ち上がる。 「……あれ?ね、ちょっと遊芽、ケガしてるの?」 立ち上がる時にちらりと赤いものが見えた気がして、気になって尋ねる。 よく見ると擦ったような傷だった。 傷口は小さいけど、血が出ていて痛そう…。 だけど、当の遊芽はケロリとした表情で今気付いたようだった。 「あれーホントだ。いつの間にかやっちゃったな」 マズイなぁー服汚しちゃったよ…とぼやく遊芽を見て、私はあることを思いつく。 「ね、遊芽。治したげるよ」 こそりと話しかけると遊芽は驚いたように目を開いた。 「ねーちゃん…?」 「しっ…ダマって。力抜いて……」 傷口に手を翳して集中する。 ふわ…とアタタカイ風を残して治療はすぐ終わった。 一応私だって巫女の端くれとして、治癒術くらいはできるんだよ。 他は、アヤシイけど…。 「……!?ねーちゃんっ、治ってる!」 「うん。小さい傷だったけど放っておくと、膿んだりしちゃうしね」 「……!茜莉ねーちゃん、巫女さんなの!?――俺、聞いたことある。リクナ教の巫女は治癒ができ…」 「わわわ〜っ!静かに〜!」 目を見開いてまくし立てる遊芽を、私は慌てて止めに入らなければならなかった。 お願いだから、双世教の村で大声で叫ばないで〜! 「………秘密?」 「当たり前だよー。遊芽にだから教えてあげたんだからね?しーっ、ね」 うぅ……軽はずみなことしちゃったかなぁ。 苓夜に怒られちゃうかも…。 少しばかり後悔していると遊芽が明るく笑った。 「……うん。分かった分かった。誰にも言わねーよ!」 ありがとな、と言われて私まで笑顔になった。 良かった。遊芽ならきっとそう言ってくれると思ってたんだよね。 神様同士が仲悪いせいか、黎玖撫教と双世教はけっこう仲が悪い。 私はずっと神殿の中にいたから話で知ってるだけなんだけど、それは場所によってはしばしば深刻な問題となるほどらしい。 ……特に酷いのが、黎玖撫教の神殿周辺。 近い場所だから余計にってカンジなのかな。 とにかく、互いの村への出入りは一切禁止。 もし入りこんだら、捕まるかもしれない。 だから一目で黎玖那教の巫女だと分かってしまう『癒し』の力は使わないように、って言われてるんだ。 あはは……さっそく破っちゃったんだけどね。 まあ、どうせ明日の朝には発つし問題ないでしょ。 「帰ろ、遊芽」 「うん」 この時の軽はずみな行動を、すぐに私は後悔することになる。 Novel/ Next |
|