――2――


仕事後の食卓はとても豪勢なものだった。
とれたての野菜・豆がふんだんに使われて、様々な料理に変化していく。
素材の良さを生かす生のままの料理が多い。
お客だからと手伝いを断られたんだけど、私の手伝いなんてほんと必要ないくらい奥さんが料理うまいんだ!
6人分もの量をてきぱきと作っていってしまう。
「あら、いいのよ!今日はいっぱい手伝ってもらっちゃったんだし」
恐縮する私達に奥さんは小さな背をいっぱいに伸ばして、笑い声をあげた。
そんな話をしながらも手を止めず、手際良く揚げ物を皿に盛り付けていく。
「あっ、それくらいは私やります!」
「そぅお?悪いわね」
これくらいは、やらなくちゃね。
盛り付けを私にまかせてくれて、奥さんは次の作業に取り掛かっていった。
「そういえば…」
ふと、奥さんが話しかけてきた。
「ねぇ、苓夜君って茜莉ちゃんの恋人なの?」
―――ぶっ!?
不意打ちに、私は思わず箸を落としそうになってしまった。
「っ!?…ゴホゴホッ!ち、違いますっ!」
「そうなの?じゃあ、櫻さんが苓夜君の恋人?」
「……そ、それも違うかとー…」
そお?と、のほほんと悪意のない笑みで笑う奥さんに私は力のない笑みで返すしかなかった。
恋人って……私と苓夜ってそーゆー風に見えるのかなぁ?
まだ会ったばかりだし、お互いのことも良く分かってないのにね。
あっ。それにね、巫女は恋愛禁止なの。
リクナ様と全ての命を愛せ、というのだけど…………今はできてるか自信ないなぁ。
(苓夜かぁ…)


―――苓夜には本当に感謝してもしきれない。
私が今こうして生きて外の世界を旅することが出来るのも、あの村で苓夜と出会わなければなかったかもしれない。
……もっとも苓夜は顔見知りじゃなくても助けるだろーけどね。…優しいから。
そのくせ、自分のことは背負い込んで一人で苦しもうとするの。

だから思う。
いつか彼が頼ってきたら、その時は絶対力になりたい。
んー櫻さんみたいには無理かもだけど、少しずつでも頼ってくれたらなぁって、ね。
あはは…まだまだだけど、ね。
「じゃあ、そろそろ夕食にしましょう。茜莉ちゃん、これで最後だから持っていってくれる?」
「はーい!お腹すいちゃった〜」
早く食べたくて、急ぎ足で持っていったら奥さんに笑われちゃった。
…えへへ、昔から食い意地はってるって言われてたかも。




夕飯はほんっと〜に美味しかった。
特に、収穫したばかりの野菜が美味しいのなんのって!
喋る暇もとらずに舌鼓をうつ様に、思わず皆から笑いが起こってしまった。
うう…(//)
「自分たちで収穫したものだから余計に美味しく感じるんだろう。たくさん食べてくれ」
にこにこと麦酒を飲みながら、ここの旦那さんが陽気に話す。
はい、もちろん!と返すとまた皆に笑われた。
もーいいじゃないっ。美味しいんだから!
お酒は、私は遠慮したけど、苓夜と櫻さんが相手として付き合ってる。
ええと、私の年齢ではもう普通に飲んでいいんだけどね、私はちょっと…ダメなんだ。
昔にね、巫女次頭に隠れてコッソリ数人で飲んでみたことはあるの。
けど、その時すっごく酔っ払っちゃって、以来懲りてるんだー。
次頭にもカンカンに怒られたし。
とりあえず麦酒は勘弁…かなー。

そういえば、今回は櫻さんも一緒に飲んでるのに、ちょっと驚いた。
村を出てから移動してる時に、たまたまお酒の話になったことがあったのだけど、その時に櫻さんは麦酒はキライって言ってたの。
苓夜はお酒、好きらしくて(でも全然酔わないの!)あれば飲む、ってカンジらしいんだけど、櫻さんはよほど美味しくないと飲むのは嫌なんだって言ってた。
…んだけど…、……普通に飲んでるよねぇ?
ここの麦酒そんなに美味しいのかな?
うーん。ちょ、ちょっと飲んでみたい、かなー。
「なんじゃ?わらわに何か用があるのかえ?」
「へ?ううんっ。何でもない。お料理とっても美味しいよ!」
「そうか。良かったな」
「うん!」
櫻さんに笑ってもらうとなんだか嬉しい。
すっごい美人さんだから、見てるだけで目の保養なんだよ〜。


(そういえば、櫻さんもけっこう謎なんだよね)
櫻さんと初めて会ったのは……そう、あの嵐の中。
苓夜と『アレ』にばかり気をとらわれていたけど、頭達相手に華麗に戦いを仕掛けていた櫻さんのこともぼんやりと思いだせる。
風を司る精霊。
綺麗で強いその姿は、あの黒い嵐の中で感動に近いものだった。
苓夜と契約してるって言ってたけど、実際のところ精霊の契約というのがどーゆーものかよく分からない。
もっとすごい主従関係なのかなって思ってたら、普段の二人を見てもそうは見えないし(むしろ苓夜のが折れてる風に見える)
でも、とても大切な絆を持っているって分かるんだ。血の繋がりよりも深く強いものだってね。
……だから、私がまざってもいいかなって少し思った。
二人の雰囲気がとても好きだったから。
けど、私の迷いなど気にも止めず、二人はむしろアタタカク迎えてくれた。
それがとても嬉しくて嬉しくて、ついはしゃいでしまって苓夜に呆れた笑みを出させちゃうんだけど…ね。


(……?)
とろけそうな料理のせいか緩んだ表情で食べていると、ふと視線を感じた。
体術を得意とする私は、それなりに気配に敏感だったりする。
『術』の気配にはニブイんだけど、人間の…生き物の気配にはちょっと自信があったり。
でも、この時感じたのはよく分からない視線だった。
感情が見えないっていうか。
別に嫌なカンジではないんだけど……。
不思議に思いながら視線をたどると、意外な人物がいた。
(……遊芽?)
こちらをじいっと見ていたのは、遊芽だった。
一応食事の手は止めてないのか口はもごもご動いていたけど、目はずっとこちらに向けていたみたい。
私と視線があうと驚いたみたいに目が丸くなって、次いで慌てて視線をそらす。
……ばればれだよ、遊芽。頬が赤くなっていたり、額に冷や汗が浮かんでいたりとすっごく不審だ。
(むぅ。なによー)
何だか分からないが、きっと私の食べながらにやけている表情を見ていたのだろう。
前にも巫女の同僚に言われたことがある。
いーの!美味しいもの食べると、頬がゆるんじゃうの!
これはクセなんだからほっといて!
内心そんなことを考えながらばくばくと揚げ物を食べていると、酒で頬を赤くした旦那さんが口を開いた。
「君たちは、明日の朝ここを発つのかい?」
「そうです。夕方、村に来ていた商人から色々と買うことができましたし、急ぐ旅なんで」
「たしか、旅芸人のタマゴなんだって?」
「はい。まだまだ未熟ですけどね。早くキャラバンに戻らないと怒られちゃうんですよ」
すらすらと苓夜が淀みなく答える。
私たちは、この村にお世話になるときに「旅芸人のタマゴ」であると言った。
どう見てもただの旅人には見えない取り合わせだし、苓夜たちが以前から使っていた理由らしい。
そんな安易な理由でいいのか?と聞いたら、アヤシイ取り合わせは、大体『旅芸人』で通ってしまうらしい!


『芸』というのは異大陸から百年ほど前に伝わったもので、そんなに古い歴史は持ってないんだけど、それを商売としている人は驚くほど多いんだ。
その起因として、現帝王が芸―――特に『舞芸』をえらく気に入ったことがあげられる。
ある舞姫を後宮に入れてしまったという程とっても夢中になって、それからというもの侶大陸中に一気に広まったらしい。
だから『旅芸人』も沢山いて、その中でも『舞芸』は特に喜ばれるんだって。
……っていうのは全部受け売りだけどね。
辺境の神殿にいた私は、かろうじて吟遊詩人は知ってたけど他のことはさっぱりだった。
でも話を聞いたら何だか面白そうで、むしろ大賛成しちゃった!
踊り?ムリムリ!
私は軽業師、苓夜は楽人(笛吹けるんだって!)、そして櫻さんが舞姫としてやっている。


「しかし、あと一日あったのなら宴を開いたのになぁ」
「そうねぇ。櫻さんの舞いを是非見たかったわ〜。どんなに美しいんでしょうね?」
「はは、そうですね。またいずれ立ち寄った時にでもぜひ」
「まぁホント!?期待してるわね」
「はい」
…って苓夜は調子良く言ってるけど、絶対ここへは来ないと思うんだよね。
だって私たち、芸を披露する気なんかないんだもん。
一応やれと言われれば出来なくはないのだけど、必要に迫られない限り人前で披露しないのがバレない秘訣なんだって!
果たされない約束をする苓夜に、夫婦はにこにこと頷いていた。
……ちょっと罪悪感があるなー。

会話の弾んだまま晩餐が終わる。
私は、気付かなかったんだ。
遊芽が『芸』の話に全くのってこないでずっと何かを考えこんでいたことを……。



* * * *



ドンドンドン!
食事の後片付けを手伝っていると、突然家の扉が大きな音で叩かれた。
「はいはい〜……って、あら村長。どうしたんです?こんな夜に」
奥さんが明けるとそこにいたのは最初に会った、村長さんがいた。
彼はじろりと中を見回すように見て、―――私を見た。
ゾクリ
(……え?)
嫌な予感がした。
村長の視線が、とても憎しみのこもったもので、痛かった。
なぜ……
「旅人を出してもらおう」
「どうしたのです、村長。それに他の皆も…」
旦那さんが困惑気味に割って入る。
けど、すぐに言葉をなくす。
押しかけてきたのは村長だけではなかった。
他の村人が大勢、後ろにいた。
どの目も私を睨むように見る。
…何、なんなの…っ!?
「紅い髪の女、そうお前だ。この村に入りこむなど小癪な真似をしおって…―――黎玖撫教の巫女よ!!」
「!?」
息を呑む。
な…なんでなんでなんで……
(まさか…)
「不可侵の掟、破った罪を償ってもらおう。捕えよ!」
「痛…っ」
混乱の中、私たちはあっという間に縛り上げられる。
ぎりりと縄が腕にくいこんで無意識に声が出た。
けれど、そんなことは気にならなかった。
―――何故!?
彼らは私を巫女と呼んだ。
私は言ってない。言ってないのだ!
漏れるとしたら、それは……
(まさか…まさか…っ)
部屋の、奥を、見た。
「ゆ…が…?」
嘘…
声が、続かない。でも、目が離せない。
「ねーちゃん…」
彼はそう言ったきり、口をつぐんでしまった。
何か…何か言ってよ、遊芽っ。
「……ゆ」
「連れていけ」
村人に肩を押されて歩かされる。
苓夜も櫻さんも何か思ってか騙って外へ出ていく。
旦那さんも奥さんもそれまでの笑顔が嘘のように冷たい目で見ているのが分ったが、それよりも遊芽が気になった。
「遊芽っ」
答えて。
「こいつ、抵抗するな!」
「――っ、遊芽、遊芽、遊芽ーーっ!!」

答えてよ、遊芽。

二人だけの約束を破ったんじゃないって、答えて――――――






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