9.a flower of forgetting time



男の死体をジンに手伝ってもらいながら近くの洞窟へ運んだ後、火薬を仕込んで跡形もなく爆破した。
ガラガラと崩れゆく洞窟を前にココロはただ空虚だった……。
念願は叶ったのに、虚しさだけが身をつつむ。

「ティン…リス…ッ」

嗚咽がまじる。
あれほど乾いていた瞳からいつの間にか涙が幾筋も零れ落ちて頬を冷たく濡らす。
それはいつしか落ちてくる雨粒と混じり合って……

「う…ぁぁぁああああーーーッ!!」

ティンリスが死んでから、ようやく泣けた―――







星が消えてゆく代わりのように、空が白じみ始める。
しかしカインの予想通り、辺りは霧雨が細かく降ってきていた。
しとしとと、佇む二人を穏やかに濡らしてゆく。

「降ってきたな」
「そうね…」

呟き、そして呟き返すが二人とも立ち去る気配はない。
雨はそれ以上強くも弱くもならず、墓の前に置かれている紫の花だけが歓喜の声をあげている。

「……後悔は、してないの。ホントよ」

自分の手を血に染めたことを。
………間違いをおかした事を。

「ただ…分かったの。あの時、何故ティンリスが安らいだ表情をしていたかを」

クレシアの花を手に持ちながら。

「………還りたかったから。ティンリスはこの異邦の地の束縛からやっと、解放された。故郷への旅路の共に、同胞のクレシアを携えて」

死をもってこその解放だったけれど。
その死こそが、彼女の望みだった。
カインは視線を墓に移しながら口を開く。

「アンタは行きたいとは、思わなかったのか?」
「思ったわ。どれほど後を追いたかったか。でもね……」

―――分かってしまったのだ。
あの、仇を討った夜。
崩壊していく洞窟を見ながら。
ティンリスは決して自分の死を望まないだろうと。

「幸せに、という言葉が聞こえた気がしたわ。自分は幸せだったから……と」

だから、『名』を代わりに捨てた。
―――『レイル』の名を。
ティンリスの髪とともに墓に葬った。
シアは笑う。

「私は、ティンリスが自分ようだと言って微笑ったあの花の名を抱いて生きてゆくことにしたのよ。―――幸せになるために」







人のざわめきが、風を伝わって聞こえてきた。
夜が明ける。
人が、街が目覚める時刻。

「ふぅ………これで昔語りはおしまい。つきあわせてしまって、ごめんなさい」

一つ深く息を吐き出して、シアは長い物語を終わらせた。

「いや、気にすんな。貴重な話が聞けて退屈しのぎになったぜ」
「そう?なら良かったわ」

ぶっきらぼうな表現に笑みを返す。
シアは「行きましょう」と呟いて、墓に背を向けた。
カインも後に続く。
後ろは振り返らずに。

「はぁ、今日も一日コキ使われてくっかな」
「ふふ……明日だものね。王誕祭」
「あの小娘王様も18か」
けどあんま育ってないよなー、とか無礼なことを言いまくるカインを横目にシアは何かを思い出したようだった。

「……陛下に出会うまで、私はもう二度とあんな優しい時間はこないと思っていたわ。事件の後、毎日を急ぐように生きて、疲れを覚えていた私に陛下は『友達になろう』って言ってくださったの」

………<刀>のメンバーとの付き合いは、まるで家族のようだった。
アタタカクて楽しくて―――

「今の私は幸せだと胸を張って言える。だから、そのきっかけをくださった陛下を何がなんでも守ろうと思っているわ。……もう、二度と大切な人を失うのは嫌。今度こそこの身を引き換えにしてでも守りきるわ」

シアの強い決意にカインはやや気圧される。
けれど………。
カインの言いたいことを察したシアは無言で制する。

「分かっているわ。この身が傷つくのを陛下は喜ばれないとね。―――でも、譲れないの」

これは、誓いだから。
シアは厳しい顔していたのをふっと崩して、苦虫を噛みつぶしたようなカインに笑いかけた。

「……心配しなくても、あなたを頼りにしているわ。頼りにしているのよ?―――陛下を宜しくね、カイン」
「あぁ。まかせておけ」

パンと手を上げてあわせる。
それぞれの誓いを胸に。







「……さて、帰るか。しっかし、濡れたな。一度部屋へ戻るか……」
「ウチにいらっしゃい。タオルと着替えと、……そうね、あとブランデーをたらしたティーを用意するわ」

いつにない豪勢な申し出に、カインは大げさに驚いて見せた。

「そりゃスゲェ。嬉しい誘いだが、珍しいな」
「ふふ……お礼よ。一晩中つきあってもらってしまったから、ね」

行かないの?と目で尋ねられて、カインはにやりと笑みを浮かべた。

「そりゃ行きましょう。滅多にないシア姐さんの誘いだからな♪」
「こういう時だけそう呼ぶのよね。普段は何度言っても呼び捨てにするのに」
「ははっ!よく言うぜ。自分こそリーシェ以外、誰も敬称で呼ばないくせに」

その言葉に、シアはしばし固まる。

「………それもそうかしら?…はいはい、分かったわ。いらっしゃい。朝食もつけてあげるから」
「おっ!悪いな〜」
「………まったく」

シアは苦笑しながら、天を仰ぐ。
今日もまた陽が昇る。
星は眠り、恵みの雨が降る―――

(いつか、ティンリスの故郷に行くから…)

あなたのカケラと大好きな花をもって。







ねぇ、ティンリス?
私、あなたのことが好きだったのよ。

淡い淡い、形にもならなかった初恋だったけれど――――





(終)




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