時は少し前。

神殿内、巫女部屋。

ここ二日、久々の労働に茜莉は疲れてぐったりと横になっていた。

同室の少女は疲れも見せずに沐浴に行ってしまい、部屋には一人。

とてもではないが少し休まないと行く気がしない。

(はー。私が真面目にやっていなかったっていう証拠かなぁ…)

なんとも情けないことだが、明日になれば懲りずにまたサボるのだ。

今までもそうしてきたし、これからも変えるつもりはない。

…それが、茜莉の日常生活。

「ふぅ」

向きを変えようと、体を傾けたところで何かに首がひっぱられて動きを止めた。

チャリっと軽い金属音が響く。

「大変……っ、リリ様の首飾りがっ」

慌てて、けれど丁寧に掛け布にひっかかった首飾りをとってやる。

さいわい鎖は切れず、透明な紫色の水晶を茜莉の首できらめかせていた。

「…よかったぁ」

ほっと息をつく。

この水晶は李璃と初めて出会った時にもらったものなのだ。

茜莉の宝物でもある。






――――……泣かないで。

あたたかなぬくもりを、知った日。






(もう15年もたつんだ…)

自分はあまりに幼すぎて記憶は少ししかないけど。

李璃のやさしい笑顔だけは覚えている。

その時、思い出にひたっていた茜莉を一つの音が現実に呼び戻した。

「………センリ、いますか」

ひかえめなノックの後、聞こえてきた声は今聞きたくないものだった。

「みっ、巫女次頭!?なんで……」

あたふたと起き上がり、扉を開けにいく。

この前説教地獄にあったばかりだというのに、こんな夜まで説教だろうか。

だが、彼女は真剣な顔つきだった。

「リリ様がお呼びです。すぐに支度なさい」

「え?」

言われた事をしばらく反芻してからやっと理解にいたった。

突然の出来事に焦る。

「何故ですか?あたし、何か……やりましたか?」

なんとなく言葉に力がないのは、身に覚えがありすぎるためだった。

そんな様子の茜莉に巫女次頭は溜め息をついて、苦笑いをする。

「いいえ、そうではありません」

「じゃあ、なぜ…」

「いいから。話は後です。急ぎなさい、リリさまがお待ちなのですよ!」

「は、はいっ!」

乱れた衣服を整え、髪を梳き、忘れずに首に水晶の首飾りをかける。

身支度を終えると同室の友達に書置きを残して外へ出た。

生暖かい風が身に心地よい。

長い通路を歩きながら茜莉は空を見上げた。

雲一つない夜空。

だが月の欠片ひとつない天(そら)は、かえって不気味なカンジがした。

なぜだか、……こわい。

茜莉は身震いを頭をふって振り切ると、二度と空を見上げず巫女次頭についていった。











「ここで止まりなさい」

ある建物の扉の前で巫女次頭は茜莉を止めた。

茜莉はここが聖堂であることに気づいた。

4年に一度あるかないかの祭祀のときに入っただけである。

一体、自分は何のためにここに連れてこられてこられたのだろうか…。

立たせたままの茜莉の両肩の位置にぎりぎり触れずに、手を置く。

「清めを!」

さあっと置かれた手から、清浄な空気が全身をかけ巡ったと感じた瞬間、清めは唐突に終わった。

本来ならきちんと禊をして身を清めてから入らなければならない聖堂のため、急ぎ清めの術で間に合わせたのである。

術を終えた巫女次頭は、茜莉に背を向け聖堂の扉を叩く。

「センリを連れて参りました」

そして、扉を半分開けると茜莉に中に入るよう促す。

「……失礼いたします。センリです」

後ろでパタンと扉が閉められた。

どうやら巫女次頭は入ってこないらしい。
いや、入る権利がないのだろうか……?

茜莉がそんな事を思ったのは、聖堂内に集まっていた顔ぶれを見たからである。

(一体なんなのよ…)

李璃に呼ばれたことでも大変なことなのに、聖堂の中にいたのは李璃と同格の地位をもつ頭たち7人だった。

緊張のあまり顔がひきつっているのではないかと心配する。

頭の中は完全に混乱状態。

こんな場所に自分が呼ばれる謂れがない。
というか、恐れ多すぎて、、回れ右をして部屋に帰りたい気分だ。

完全に場違いである。

心なしか他の頭たちの視線が痛いのもきっと気のせいではないだろう。

(かっ…帰りたいよぅ)

そんな茜莉を宥めるように静かな声が響いた。

「待っていました、センリ。さあ、こちらに」

「リリさま……。あ、はい」

名指しで呼ばれてしまっては仕方ないので、促されるままに席につく。

頭たち7人が囲む円陣の外に座らされる。

入った時は分からなかったが茜莉の他にも巫女がいた。

真面目そうで芯の強そうな娘。

茜莉はその顔に見覚えがあった。

(リマさんだ…。成績優秀な巫女さんだよね、いつも真面目に働いてて)

だが何故そのリマがここに?

彼女は円陣の中心にいてすでに瞑想に入っていた。

清らかな空気が流れている。

説明を求めて李璃に視線を投げかけると丁寧に説明してくれた。

「今から、リマに神を降ろします」

(か、神〜〜?)

あまりに大きな話にくらりとくる。

だが、李璃はかまわず続けた。

「けれど失敗できない儀。万が一彼女で失敗がおこったら、その時はセンリ、――あなたが代わりに憑坐となるのです」

「!………より、まし…」

名前だけは聞いたことがあった。神を降ろす者。
神の声を聞くよりももっと才能が問われるという。

未だ神の声すら聞いたことのない自分にどうしてお鉢がまわってきたのだろう。

疑問は沢山あったが、口を挟める状況でないのは一目瞭然だ。

納得のいかない顔つきで、けれど微かに頷いた茜莉に李璃は笑いかける。

「では、始める」

威厳のある男の声が響きわたる。

「カン!」

清められた場に、茜莉は思わず背筋をのばした。

そうさせる雰囲気が清浄な場にはある。

茜莉は頭たちがいっせいに術を始めたのを外から眺めていた。

沈黙が空間を支配する。










―――――――――――――――――――――ィン…










どのくらいそうしていただろう。
ふいに茜莉は顔をあげた。

(なに……?)

耳をすませるような顔で宙を見つめる。

―――どこから?

左右をふりむくが静かに呪を唱える頭たちが、変わらぬ様子で座るのが見えるばかり。

何の気配もしない。

―――では、どこから?

頭のどこかで警鐘が鳴っている。

はっと上を見上げた。


(天だ――――!)


そう思ったのも束の間、甲高い少女の悲鳴が響きわたったのは次の瞬間だった。

「………ぁぁぁぁあああああッ!!!」

「リマッ」

思わず茜莉は腰をうかしたが、近寄れなかった。

(こわい!何…アレ……)

リマの中に這入ったモノ。

李璃たちが神と称したモノに茜莉は何故かひどく恐れを抱いた。

こわい、きもちわるい、………イヤなかんじ。

無意識に座ったまま、うしろに後ずさった。

「リクナさま…」

頭たちの恍惚とした呼びかけが耳に入った。

だが茜莉はそれすらも嫌悪を感じた。

(いや………)

同じ空間にいるのが耐えられない。

すごい力を持つモノであるのは確かだ。

だがそれは決して清らかなものではない!

邪悪な……恐ろしく邪悪なモノをどうして皆崇めるのか?

降ろすのは、神ではなかったのか。

(邪神……)

自分たちが今まで崇めてきたのは、間違っていたのだろうか。

茜莉は恐怖に凍りながら意識の隅で何度も疑問を繰り返す。

……その時、リマに変化がおきた。

「……………タリ…ヌ…」

「リクナさまっ!?」

神官頭の一人が声をかける。

だがリマの中に這入ったモノは、苦悶も声をあげるのみだ。

「……ウ…ツワ…」

(え?)

リマの瞳がぎろりと茜莉を射た。

目があっただけなのに、全身に鳥肌がたつ。

「センリ!器を代えます、準備を!」

(うそっ!?)

李璃の言葉に更に恐怖が募る。

アレをこの身に降ろせと?

半泣きになりながら茜莉は首をふる。

「いや…いやぁ………いやです!………こないでぇっ!!」

「センリ!」

別の巫女から非難の声がとぶが、嫌なものは嫌なのだ。

死んでも、嫌だ!

(李璃さま……っ)

探し出した李璃に助けを目で訴えたが、リリも首を横にふる。

(そんな…)

絶望に似た思いが胸をよぎるが、茜莉はなおも抵抗した。

理性ではない、本能なのだ。

体が、心が、考えるよりも先に拒絶を示している。

――だが、そんな茜莉の小さな拒否は『神』の前では無に等しかった。

リマの器では支えきれないと感じたのか『神』は、茜莉に狙いをさだめた。

憑坐を代えようと、一歩踏み出す。


「…いやああぁぁぁっ!!」






ガシャーン!



空気が、変わった―――



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