――1――


「ねー、あそこに見える村はどぉっ?」

疲労がかなり溜まっているはずなのにこの元気さはどこからくるのだろう。

軽い頭痛を覚えながらも苓夜は地図に目をやった。

今までたどってきた道程と景色から現在の位置を確かめる。

……と、軽く首をひねった。

「あれ?…地図にないな。けっこうイイ物買ったと思ったんだけどな」

まだまだ交通が不便な蓬呂の世界では、地図は旅をするにおいてかなり重要なものであった。

広い大陸を自分の足と勘と地図と太陽を頼りに進んでいくのだ。

当然、地図は必須なものとなる。

だが交通の不便さゆえか大陸の広さゆえか、どの地図も完璧とは程遠いものであった。

地図職人が毎年のように新たに書きこんでいくが、それでもまだまだ書かれていない街や道がたくさんあるのが現状だ。

苓夜が東の市でかなりの高額をだして買った地図でさえも、目の前の村の存在を記していなかった。

「少なくとも黎玖撫教ではないですね」

千里の先までも見通すことのできる櫻が、村に黎玖撫教の印がないことを見て言った。

「…なら大丈夫か。今日はあの村に泊まろう」

「やったー、お風呂だっ!」

「ちょっ、待てって!一人でつっぱしるなっ」

追いかけっこをしているように騒がしい二人連れは、道のど真ん中で叫びあいながら走っていった。

後から白い鳥の姿の櫻が追いかけるように優雅に飛んでいく。

まるで二人に呆れてるみたいに。











「………疲れた」

ぐったりと宿につくなり椅子にもたれかかる苓夜に、女性型に戻った櫻が暖かい茶を運んできた。

大変珍しいことに苓夜はひいたが、とりあえず頂いておくことにする。
もらうのも怖いが、断ったらもっと怖いので。

ふぅ…と一息ついた。

やっと休める気がする。

今は風呂に行っているだろう茜莉を思い浮かべ、溜め息をついた。

(悪い子じゃないんだろうけど……)

どうしてあんなにも感情表現豊かにしていられるのだろう。

賑やかなのはいいが、少々……はしゃぎすぎではないのか。

初めての旅に心躍るのは分かる。

苓夜にも経験があったから。

だが困っているのも確かだった。

「……許してやれ。まだ、心の整理がついていないのであろう」

「櫻…」

突然柔らかな口調で話しかけてきた櫻に驚いて顔をあげる。

櫻は普段からは比べものにならないような優しい瞳をして続けた。

何故だか分からないが櫻はかなり茜莉を気に入っているらしい。

「良い娘子じゃよ。いずれ、落ち着くであろう」

「………うん。分かっては、いるんだ。あの子は頑張っているよ。少なくとも俺達の前では泣き言一つもらさないし。別に怒っているわけではないんだ。ただ、少し…………ああいう賑やかさとは無縁だったから、戸惑っているんだ」

「………そうか」

「ああ」

軽く頷く。

実際、茜莉は良い相棒になりつつある。

武術の心得があるというのは伊達ではないらしく、盗賊くらいなら簡単にのしてしまう。
神殿で習ったのかと聞いたら、警備の者に稽古をつけてもらったらしい。

そして、彼女の根性には舌をまいた。

黎玖撫教の村を避けながらの旅路だったため、回り道もかなりした筈である。

だが過酷な旅路、山の中の野宿にも嫌がる素振り一つ見せずに耐えぬいた。

ずっと神殿という羽毛の中で生きてきた彼女にとって、激動の連続であったに違いないが、ちゃんと乗り越えた。

旅をしたいという決意を見せてもらった気がする。

常に明るさを失わないのは、彼女の努力なのだろう。
………少々、地であるとも思うのだが。

「ふう、じゃあ今後の行き先か。そうだな……ちょっと行ってくる」

「茜莉が戻ってきたら食事だぞ。早う戻れ」

「分かった」

ひらひらと手を振って出る。

誰もいない廊下で、こっそりと息をついた。

(まだ違和感がともなうかな…)

久しく聞いていなかった、三人目の声。

櫻との旅が長かっただけに、その感覚は馴染んでいなくて。

(……でも、悪くないかもしれない)

苓夜は、少しばかりそんなことを思った。

(……………たぶん)











賑やかな声が聞こえてくる階下の食堂へと降りていく。

…と、そこはこの村唯一の食堂であるためか人があふれ、すでに満員状態であった。

席を探すふりをしながら苓夜はある目印を探していた。

(……いた)

一番奥の席に一人で酒を飲んでいる男を見つけた。

一見ただの旅人であるが、左手に黒い手袋をし、その上から銀の腕輪を3つつけていた。
情報屋の印である。

分かる人にしか分からない。

……が、旅をする者にとってはほとんど常識のようなものだった。

その卓へと、苓夜は何気なく近づいた。

男は苓夜に気づいたのか深くかぶった帽子の中から鋭い目を覗かせる。

苓夜は男にしか聞こえない声で囁いた。

「今宵も銀の月が綺麗だ。3つの月を眺めながら飲み交わさないか?」

男は一つ頷くと、ぽつりと呟いた。

「……座りな」

苓夜は無言で席につく。

注文はせず、世間話でもするように普通に話しかける。

「何か最近の話はあるかい?」

男は酒をぐいっとあおると低く答えた。

「……帝都で騒ぎがあったそうだ。教会の宝物殿に『蜻蛉』が忍び込んだと」

「蜻蛉?」

「最近、帝都で騒がれている反帝国組織だ。リーダーはまだ年若い……そう、あんたくらいのニーサンらしい。が、この組織めっぽう強くて帝国もつぶすのに必死らしい」

コトリ、と盃を置く。

「ふーん、他には?」

「ないね。もっといい情報が欲しかったら大きな都市にでも行くんだな。こんな辺鄙なトコにはそんなにたくさん情報入ってこないぜ」

「………。分かった」

立ち上がりながら金を机の上におく。

かなり少ないソレに男は不満気だったが、自分の持ち情報が少ないのがいけない。

どうせ普段は、田舎あがりみたいな者にふっかけて商売しているのだろう。

でなければこんな小さな村でやってはいけない。

(……ぜんっぜん、役たたなかったな)

分かってはいたが、少しばかり溜め息をつきたい気分である。

二階へと戻ろうと、卓を離れかけたところでくいっと袖を引っ張られた。

「待ちな」

「?」

男は目で再び座れと合図した。

仕方なく、もう一度椅子へと腰をおろす。

男はいっそう声をひそめて話しだした。

「………一つだけ教えといてやる。さっさとこの村を離れろ」

「…何でまた??」

「死人が出た」

苓夜の顔にさっと緊張がはしる。

「死人…。病か?」

「そうとも言えるしそうでないとも言える」

男の話はこうだった。


――突然、まだまだ畑仕事のできそうな丈夫な男が一人死んだ。
それ自体は心臓発作という不審なものではなかったのだが、死んだ男は心臓などに病の兆候はこれっぱっちもなかった。
血族にも心臓の弱い者はいない。
何か急激な負荷がかかったとしか言えなかった。
だが、その原因を知ることはできずうやむやにされてしまったということだ――


「……それのどこが大層なことなんだ?」

眉をよせて疑問を口にする苓夜に情報屋は、首をふる。

「まぁ、待ちな。続きがある。―――その事件の後、男の死に疑問をもった奴がいた。たまたま往診にきていた医者だ。その医者は死んだ男に身寄りもいないことをいいことに夜中こっそりと検死をした。……それで奴は異常に気づいたのさ」

「異常?」

「男の心の臓は何者かに圧迫されたかのような痕跡が残っていた。外部には何の損傷も見当たらないのに、だ」

「それは――」

息を呑む。

やっと苓夜にも事件の異常さが分かった。

男は病で死んだのではない。
殺されたのだ。

………それも、通常ではありえない不可思議な力で。

「医者は?」

「逃げた。こっそりと土葬してからな。だから村人は誰も知らない」

何故、そのことを情報屋が知っているのかと疑問を覚えたが、口には出さなかった。

情報源は秘密なのがルールだ。

苓夜は細い息を吐き出すと頷いた。

「……分かった。明日にでも出て行く」

苓夜は銀貨を二・三枚取り出すと男のほうにすべらせた。

その額に男は今度こそ満足したようで少し口元が緩まる。

椅子から立ち上がり男の横を通り過ぎる時、苓夜はふと気になって聞いた。

「あんたは逃げないのか?」

情報屋の男は片眉をあげて笑う。

「俺はここが気に入ってんだ。それなりに愛着があってな」

それに苓夜は肩をすくめるしかなかった。











(ここも手掛かりなし、か……)

階段を昇りながら気分がやや下降ぎみになるのを首をふって止める。

有益な情報はあったが、それも自分が知りたい真の情報ではない。

(俺が知りたいことは………)

知りたいことは、一つ。

ずっと探してきた相手だった。

だが手掛かりは昔の記憶くらいなもの。

まだまだ前途多難な気がしてもう一度ため息をついた。

とりあえずは、ここを出て何処へ行こうか。

しばらく北は嫌だな、と考えつつ部屋の扉を開いた。

「あっ、おかえりー。どこ行ってたの?お食事にしよー!」

こちらを見た途端、茜莉はぱっと笑顔になった。

ものすごく元気な声に圧倒されながら、扉に手をかけたままで固まる。

「あ…ああ。そーだな、食べよう」

「うん!女将さんがちょっとおまけしてくれたの。若いからいっぱい食べるだろーってね」

満面の笑みで沢山の食事が置かれた卓に座る茜莉を見て、苓夜は気が抜けていくのを感じた。


(やっぱり、これは地なんじゃないだろーか………)







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