眠らない街、鳶。

夜の間だけ許される夢の時間。

訪れる人は後をたたず、街はいつも賑わいを見せていた。

この街の中では外界とはまったく違う独自の法があったが刺激を求める人々には関係なかった。

魅了の街。

この街にいる間は外のイヤなことをすべて忘れ、快楽に身をゆだねていける。

酒は極上。
女も極上。

賭博場では今宵も大金がかけられているのだろう。

人生をかけた大博打。

泣くも笑うも運次第。

そうして、人々は長い夜を過ごしていくのだ………。

「す…ごいねえ……」

街の入り口である華美とも言える豪華な門の前で茜莉は思わず、溜め息をもらした。

光の洪水。
街中を溢れる軽快な音楽。

道端で踊りだす者や、何だかアヤシイ露店もちらほらと見える。

祭りのようだ、と茜莉は思った。

村で年一度開かれる盛大な祭り。

それをもっと派手にしたものが、街中を彩っている。

あっけにとられている茜莉に、苓夜は苦笑するしかなかった。

決して自慢できるような故郷ではなかったが、久々に見る喧騒に懐かしさを感じた。

帰って、きたのだ。

「櫻も懐かしく感じるか?」

肩にのっている白い鳥に囁きかける。

この精霊にとってもこの街は久々な場所のはずだった。

苓夜の問いに考えるように小首をかしげ、

「わたくしの辿ってきた歳月に比べれば、この街を離れ旅立ったのはつい最近のこと。特に何の感情も覚えませぬ」

「そっか」

姿が変わると話し方まで変わる精霊に、笑いがこみあげてくる。

つんとすましたような櫻は、苓夜の笑いにも無言だ。

苓夜はまだ口の端に残していた笑みを消すと、街を眺めた。

(変わらない…あの頃と)

喧嘩、罵声、歌う女と踊る男、笑い声、泣き声……

華やかな見た目と薄汚れた空気、故郷の空気が懐かしい痛みと共に体に染み入ってくるようだ。

帰ってきたんだな、と間違いなく感じる場所だった。

「静かですね」

「え?」

想いを馳せていた苓夜は櫻の言葉で我にかえる。

茜莉も、喧騒に包まれた街を見やって何故『静か』と言うのか分からない顔をした。

「…これは、通常の状態です。異変が起こっているにしては」

他にない活気、他と違う人々。

だが、この街の外では異常でも、この街ではこれが常であり毎日だ。

だからこそ、おかしい。

事件が、異変がおこったにしては『静か』すぎるのである。

「それって、まだこの街に来ていないってこと?」

苓夜は首をふる。

「いや、それはないと思う。俺たちよりもほぼまる一日早く出発しているんだ」

「でも…ほら、まだ小さな女の子なんでしょ?私たちが追い抜いちゃったってことは?」

うーん、と考えてから苓夜はやっぱり首をふった。

「ない…とは言い切れないけれど、あの村から鳶までは一本道だった。それに、……彼女は凶印を持っている」

「凶印…」

少し眉を曇らせる苓夜に、茜莉は噛み締めるように呟き、その後思い切ったように口を開いた。

「…凶印って、ナニ?」

聞いたことのない言葉。
けれどそれを語る時、苓夜も櫻も何かに切られるように痛い顔をする。

聞きたくて、でも二人のそんな表情に聞くのがためらわれてここまで来てしまったけれど。

櫻は一拍の間を置いて、口を開く。

「…凶印。魂につけられた昏き傷。傷は膿み、膿みは毒となり、そして…毒は心を犯す」

血に飢え、破壊に飢え、殺戮に飢え。

その身が尽きるまで、
その身が尽きてなお、凶つ刃は止まらない。

止めるには、ただ一つ。

「魂を、―――消すこと」

ゴクリ、と茜莉は唾を呑んだ。

苓夜の声の低さが、少し恐かった。

「た…助けるってことは、できないのっ?」

振り切るように尋ねれば、苓夜は視線を落として足を街へと動かす。

「行こう。目に見えないだけで、被害はもう出ているかもしれない」

「……」

困ったように苓夜を見上げる茜莉に、主の肩にのったまま櫻が振り向いた。

「…刃は刃をもってしか、破れないのです」


生ぬるい風が、頬を撫でた。














アツイ…

わき腹が燃えるように、熱かった。

タスケテ…



アツイ

アツイヨ





「パパ…」
















家に案内する、と苓夜は言った。

「だいぶ使っていないから黴臭いけど、家に案内するよ」

「使ってないって…、家族は一緒に住んでいないの?」

「住んでいたさ。でも、もういない」

「それって……」

苓夜は穏やかな目をしていた。

でも、それ以上は聞けなくなって茜莉は口を閉じる。

日ごろお喋りで通っている茜莉も、バカではない。

いつか話してくれるかもしれないという、淡い期待を持ちながらも無言でついていった。

しばらく歩いているうちに茜莉は声をかけられるようになっていた。

「よーお、姉ちゃん。一晩俺と遊ばねーかー?」

「そんなひょろい男なんか置いて楽しくやろーぜー」

「………」

茜莉は無視を決め込んだ。

なんとなく不快な気分だったが、怒鳴るのもばかばかしいと思い振り返りもせずに歩いた。

実際それは正しい対応だったとしばらくして気づいた。

声をかけるのは気まぐれなお遊び。

ひっかかるなら良し、そうでなくても娼館に行けば女には不自由しないのだ。

よほどの無一文でない限り何かしらの夢を見ることができるこの鳶では、無理してまでひっかける必要はない。

見ると、この街に慣れている女たちは男達の誘いに見向きもしていない。

黙ってついてくる茜莉に、苓夜は内心ほっとしていた。

苓夜も昔は喧嘩など日常茶飯事だったがさすがにこの歳にもなれば、いかにばかばかしいことか分かるようになったのだ。

(そう、喧嘩すると、いつも泣くんだ……)

傷や青痣をつけて帰った日には、それはもう宥めるのに必死になるくらいだ。

喧嘩はもう二度としないと約束しても、やはり二日で破ってしまう自分。

その度に何度、あの人を泣かせてしまっただろう。

優しい、あの人を。

「……と、ここだ」

感傷にひたっている間に家へと着いた。

木造も小さな家は、使っていなかったと一目で分かるほどに傷んでいる。

だが、たまに誰かが掃除してくれていたのか中は思ったよりきれいだった。

暖をとり、椅子に座ったところでようやく人心地ついた。

「ふぅ…」

湯を沸かして茶を飲んでいると二階を見てきた櫻が鳥の姿のまま首をふる。

「駄目です。寝室は傷みが酷くて、とても使える状態ではありません」

そうか…と苓夜が答える前に茜莉が不思議そうに櫻に尋ねた。

「あれっ櫻さん、なんでずっと鳥のままなのー?」

それにやや憮然とした風に答える櫻。

「…これが我が本来の姿です。この街では昔ずっとこの姿でおりました故、この街の民はこの姿しか知らないのです」

「そなんだ。でも鳥さんだとちょっと固い喋り方になっちゃうじゃない?少しさみしーかも」

「鳥さん……」

何やら激しくショックをうけている櫻を横目に、苓夜は本来の話に戻す。

「じゃあ、寝台は使えないワケか…」

凶印をもった少女・洙夏を探すと言ってもまだ何の手掛かりも掴んでない現在、寝る場所は必須だ。

「あっ、私ここでいーよ?屋根があるだけで十分だし。野宿とかに比べたら全然うれしーよ」

「うーん、折角の街なのに。…………あっ!いいところがあった」

「えっどこどこっ?」

「あ………でもなぁ…」

煮えきれない返事に茜莉は首をかしげる。

「何?一人で納得したり考え込んだりして」

気まずげに切り出す苓夜。

「知り合いの家なんだけど……………茜莉、嫌がりそう」

「なんで??それって寝台で眠れるってコトでしょ。ならそれに越したことは、ないじゃない」

「そうなんだけど…」

なおも渋る苓夜に櫻は嘆息する。

「行けばよろしいのでは?茜莉も主が渋った理由が分かりましょう。ですが………わたしは大丈夫だと思いますが。連れていっても」

櫻の助言に茜莉も頷く。

苓夜は肩をすくめるしかなった。

本当はそう言ってもらえて助かったのだ。

どちらにしろそこへは用事があったから。

「分かったよ。けど行ったら引き返せないからな。あっちに悪いから」

「うん!行こ〜。……って、櫻さんどこ行くの?」

茜莉の声につられて見上げると櫻が飛び立とうとしていた。

優雅に翼を広げながらさえずるように喋った。

「わたしは他の場所で眠ります。何かあればすぐに参ります。では、失礼」

「えっ………あ、いっちゃった…」

急に飛んでいってしまった櫻の影を見ながら苓夜は笑みを浮かべた。

「あいつにも苦手なものがあったのか。さんざん可愛がられたもんなー…」

「……?」

「よし、行こうか」



夜の鳶へ。

















薄暗い小屋で、ぴちゃりと水音がはねた。

物置らしく、ほんとに小さな造りで中は所狭しと荷物が積んでいた。

その隅に、愛娘のものだったのだろう、可愛らしい人形がケースにいれられている。

―――その箱を……赤に染めて。

「くぅ……あ…っ」

耳障りな呼吸音だけが、小屋の中に響いている。

男が一人、倒れていた。

「………」



少女は、それを冷たい瞳で見下ろすばかりだった……。







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