(……ここって) 華やかな通りに入ると、茜莉にも何故苓夜があんなに渋ったのか分かったのである。 ここは娼館街であった。 あちこちに客引きの女たちが派手で露出度の高い服をひらひらさせながら笑いかけてくる。 たまに女用の男の客引きもいるから、とりあえず自分がここを歩いていてもたたき出されることはないだろう。 が、気まずい。 (知り合いって…まさか。………でも、そーいや苓夜ってここでどうやって生活してたのぉ〜?) 何となく怖い考えになってから、聞くのは遠慮しておくことにする。 だが、茜莉の無言の問いかけに気づいたのか、苓夜が焦ったように否定した。 「別にっ、ここで俺が働いていたわけじゃないからなっ!」 「う、うん…」 完全否定されて、ほっとする茜莉。 (はー良かったぁ。偏見はもたないよーにしてるけど、さすがにちょっとどきどきしたよ) この辺はくさっても巫女、というところだろうか。 ほっとしたのもつかの間。 次に瞬間、別の恐ろしい疑問にぶちあたって茜莉の思考は停止してしまった。 (あれ……じゃあ、何故こんなとこに知り合いがいるのぉ〜!?) 再び混乱状態になりながら、今度は気づいてもらえず茜莉は一人焦っていた。 もちろん苓夜には茜莉がそのような考えになっているのを知る由もない。 そのまま、少し高級そうな店の前で立ち止まった。 (やっぱりー!?) たじたじになっていたが、あそこまで行くと断言したのだから諦めるしかあるまい。 躊躇していた気持ちを押さえつけ、苓夜に続いてその店に入った。 途端に艶っぽい女の声がする。 「あら、いらっしゃーい。1名……2名って、そっち女の子じゃなーい!ちょっと、ウチは娼館よっ!連れ込み宿とは違うのよっ!」 (連れ込み宿ってナニ〜!?) だが、苓夜が否定する前に別の声が割り込む。 「あら違うかもよ。お客さんじゃないの?でもごめんねぇ、ウチは女の子しかいないのよ。それとも働くの希望とか?」 「ちっ、違います!!」 焦って大声で叫ぶ茜莉。 その時、奥から一人の女性が出てきた。 「一体何の騒ぎ?奥まで声がまる聞こえよ」 「雪<セツ>姐さんっ。すみません、お休みのところ……」 姿を現した黒髪の優美な女性は、どこか他の娼婦たちとは一線を画しているような気品があった。 誇り高い、胡蝶のような女性。 皆が敬語を使っているところからも、この館でかなり権力を持つ者だと分かる。 雪と呼ばれた女性は仲間の謝罪には振り向きもせず、じっとこちらを見ていた。 遠い記憶を探るように微かに眉宇がひそめられると、はっと目を見張った。 「苓夜…ちゃん?苓夜ちゃんなのね!ああ、本当に大きくなって」 「お久しぶりです、雪姐さん。お変わりはありませんか?」 苓夜も笑みを返す。 それは、家族に返すような柔らかなものだった。 苓夜、という名前に他の女たちも目を丸くする。 「えっ、まさかあの苓坊!?」 「わーすごい男っぷりがあがっちゃってー」 「前はまだチビなガキだったのにねぇ」 遠慮のない言葉にたじろぐ苓夜だが、娼婦達のお喋りは止まらない。 ふいに一人が茜莉に視線を止める。 「その子、恋人ー?」 「えっなになに、そうなの!?苓坊もそんな年頃になったのかぁ。でもかわいい子じゃない。名前、なんて言うの?」 艶やかなお姐さまたちの視線に集中されて、さすがの茜莉も口数が少なくなる。 一体、苓夜とこの人たちとの関係は何なのだろーか。 「えと…茜莉です」 きゃあきゃあと女たちが騒ぐ中、雪が茜莉に笑いかける。 「かわいらしい方ね、茜莉ちゃん…でいいかしら?私は雪。よろしくね」 ふんわりと微笑まれて茜莉は思わず頬を染める。 「は、はいっ。宜しくお願いします」 「ええ。………それで、本当のところはどうなのかしら?苓夜ちゃんの恋人なの?」 「違うって!…仲間だよ。一緒に旅をしているんだ」 その答えを聞いて、一瞬雪は視線を床に落としたが、すぐに顔をあげてくすくすと笑う。 「あら、残念ね。お似合いと思ったのに。……ところで今日はどうしたの?」 ようやく本題に入れたことにほっとして、口を開く。 娼婦たちの攻撃には、懐かしくもあったのだが少々参っていたのだ。 「久々に帰ってきたんだけど、家があまりにボロくなってて寝台も使える状態じゃなくて。もし姐さんがよければここに泊めてほしいんだけど」 そう言うと雪は、快くオーケーを出してくれた。 「もちろん。いつまででも泊まっていって頂戴。…じゃあ、案内するわ。店と違ってあまり綺麗じゃないけど許してね」 「ありがとう、雪姐さん」 「ふふ…かわいい苓夜ちゃんの頼みですもの。お安い御用だわ」 雪は奥へと誘う。 一つ扉の奥は、娼婦たちの住居であり質素な作りとなっていた。 二階のある一室に通される。 「今、新しい子も入ったばかりで、2つは部屋をとれないの。ごめんなさいね。でも、旅の仲間ならいいわよね。お夕食は部屋にもっていくわ、みんなと一緒じゃ落ち着いて食べれないだろうし」 雪の細やかな心使いに、二人はただ感謝するしかなかった。 もちろん、1つの部屋に皆で泊まることは珍しいことではなかった。 旅の途中、どうしても路銀や部屋数の関係で一つしかとれない場合も少なくない。 恥じらいなど気にしているわけにはいかないのだ。 第一、野宿などは当たり前のように熟睡しているのだから今さらだ。 もちろん苓夜も茜莉もまるで気にしていない。 それだけの信頼関係が二人の間で育ちつつあった。 暖を調節し、じゃあと扉へ向かう雪に苓夜は声をかけた。 「3つの月はここから見える?」 「………疲れているようだから、明日話そうと思っていたのだけれど。…いいわ。ここ座っていいかしら?」 すでに座っていた二人に聞いてから雪は空いている椅子に座る。 「煙もいい?」 「もちろん。雪姐さん、いつも仕事のときは吸ってるだろ。気にしないでいいから」 「ありがとう」 礼を述べると、雪は懐から煙管を取り出して小さな火をつけた。 甘く、まどろむような煙がくゆる。 金の装飾がしてある煙管を包む指が目に入って、茜莉ははっと息をのんだ。 旅の途中、苓夜から先ほどの言葉が情報屋の暗号であることは聞いている。 雪を見ると、左手の爪だけ黒く塗っていて、細い銀の指輪を中指に三つつけていた。 『黒』『左』『銀輪を3つ』が実は暗号部なのだと、ようやく知った。 (雪さんが……情報屋だったんだ) 虫も殺せぬたおやかな雰囲気をかもし出しているのに………人というのは、見かけでは分からないものだ。 「―――で?何が聞きたいの?」 「うん。実は女の子を探しているんだ」 「女の子?」 「そう、名前は朱夏と言ってたぶん昨日今日あたりにこの街に入った筈なんだけど…」 「そうね…。特徴か何かあるかしら?」 「黒髪・黒瞳、12・3歳くらいの女の子です。わき腹にアザがあって…」 茜莉が次いで答えると、雪は考えるように瞳をつむった。 煙管の煙を深く吸い込んで、記憶を辿る。 ……が、首を振った。 「分からないわ。とりあえず、この2日の間に宿屋・食堂・娼館に出入りした中でそんな子はいないことは確かだけど」 苓夜は唇を噛む。 まだ、この街に来ていないのだろうか。それとも、身を隠してる? 苓夜はもう一つの手札をダメもとで出してみる。 あまり起こってほしくはないが、これで分からなかったらさすがにお手上げだ。 「雪姐さん、奇妙な事件はなかった?……人が死ぬような」 「人死に!?」 「……どうかな、あった?」 「ちょっと待って頂戴。………………そうね、あったわ」 その言葉に思わず腰をうかす。 雪は灰色の瞳を窓の外に向けながら頷く。 「昨日2件。今日も…もしかするとあったかもしれないわ。 皆、何か強い力が加わったように内臓が破裂。…でも、外傷なし」 「…同じ」 茜莉が呟くと苓夜が頷いた。 「ああ。たぶん…」 朱夏だ。 続きは声に出さなくても伝わった。 固い表情をしている二人に気づいた雪が不思議そうに首をかしげる。 「どうしたの?それ…さっき言ってた朱夏ちゃんって子と関係あるの?」 「………」 苓夜は答えない。 茜莉も答えたくないみたいに、うつむいてしまった。 雪が息をのむ。 「まさか……―――その子がやった、と…?」 Back/ Novel/ Next |
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