ぱさりと音をたてて、白い羽根が舞った。 鳶を彩る数多の光に照らされて、それは七色に輝く。 優雅ともいえる軌跡を描いて、純白の鳥は苓夜の手に降り立った。 「櫻」 「…やはり、まだ騒ぎにはなっていないようです」 いつもの夜。民はまだ、異変に気づかない。 享楽に耽り、夢でまどろむ者たちとは裏腹に、街のどこかで密やかに行われていく殺人。 雪から聞いた情報によると、その手口はあの村での事件と同じ普通の方法ではあり得ない殺し方。 ………やはり、彼女を疑ってしまう。 凶印の痣を持つ少女、洙夏を。 「……。分かった。櫻、大体の居場所は分かるか?」 「はい。北の外れの一角―――主が家のある辺りから、凶つ気配を感じます」 「そうか…」 「ね、ねぇっ」 苓夜が北に顔を向けると、隣から呼びかける声がした。 「何、茜莉?」 振り向くと、茜莉が困ったような顔をしていた。 なんだか、泣きそうな… 「こ、この犯人が洙夏ちゃんだったら、やっぱり………殺すの?」 「茜莉」 櫻がやや非難するように名を呼ぶ。 苓夜にこの問いは傷を与えるだけだと、知りすぎるほど知っていたから。 だが、茜莉はぶんぶんと首を振る。 「違うの!苓夜をどうこう言うつもりはないのっ。ないんだけど……やっぱり、ちょっと…ためらっちゃって…」 知るということは、背負うということ。 知ってしまったが故に、同じ痛みに苦しむこととなった茜莉。 声が小さくなっていく様を、苓夜は苦い思いで見つめていた。 見ないようにしていた嘘を暴かれてしまったような、痛み。 罪は荊となって、己にかえってくる。 (………それでも) 瞳を閉じて、思考を閉ざす。 路は、一つ。そして―――躊躇う時間すら、ないのだ。 「やらねばならない。…だから、俺は行く。辛いなら、茜莉はここに居て」 苓夜の、何かをふりきるような強い声にビクリと身を震わせてから、茜莉はゆっくりと首をふった。 「ううん。私も行く。…ごめんね。―――――よし、行こっ!」 ぱん、と自分の頬を叩いて気合をいれた茜莉は笑顔になる。 それに笑顔を返しながら、ふと胸のうちで呟く。 (ごめん) ……それは、誰への言葉か。 こんな旅に巻き込まれた茜莉にか、これから殺さねばならない洙夏へか、それとも……この『力』を憂いた彼女へか。 「………」 いずれにせよ、この罪は自分だけのものだ。 |
「罠を張る」 そう言いだしたのは、苓夜だった。 凶印を見つけるのはいつも櫻の役目だったが、今回は「気配が薄い」と場所の断定ができなかったのだ。 おそらく、まだ凶印の力が弱いのと、この「鳶」という街の特異性のせいだろう。 人々の欲望渦巻くこの街では、その気配自体が凶印に似ており気配を消してしまうのだ。 苓夜は、下手に歩きまわるよりは、こちらにおびき寄せてしまうのがいいと考えた。 そうして、選んだ場所が―――自身の家。 暖炉に火はいれていない。 人型になった櫻が生み出した光玉を頼りに準備をすすめていく。 苓夜が二階から何かを抱えて降りてきた。 「この毛布でいいよな。ちょっとしけっぽいけど」 使い込んである毛布を畳んだまま、机の上に置く。 その保存状態の悪さに櫻の眉は少々よった。 「こんなボロ布にわらわが触れろと?……まったく。もう少しマシなものはなかったのかぇ?」 「それが一番マトモだったんだよ!少しくらい我慢しろよ。……あ、茜莉。こっち来て」 茜莉を机の横に移動させると、櫻に頷いた。 櫻は毛布に目をおとし、…一つ溜め息をおとしてから、ゆっくりとその毛布の表面を撫でた。 「……虚ろう影。映ろう鏡。その姿、ゆめたらん。幻や」 見た目には何も変わった様子がなかったが、何か術が使われているのだと分かった。 空気がぴり…と軋む。 「茜莉、手伝って」 「え?私?」 苓夜に手招きされて毛布を覗き込めば、そこには変わらずただの毛布があるばかりだった。 その毛布を指して苓夜は言う。 「ここに、茜莉の呼気を吹き込んでほしい。洙夏を思い浮かべながら」 洙夏を知るのは茜莉一人なので、この役は彼女しかできない。 よく分からないなりに気合をいれて、茜莉は一息吸うとその毛布に口付けた。 暗い目をした少女を思い浮かべながら、ふうっと息を吹き込む。 呼気が、櫻の術と混じりあって毛布に染み渡っていった。 口を離した茜莉は、再び毛布に目を落として……目を見開いた。 (……えっ) 毛布が一瞬ぐにゃりと歪みを見せたと思ったら、それが徐々に形をかえていくではないか。 ゆぅるりと。 一人でに作られていく泥細工を見ているようだ。 手ができ、足ができ、顔ができ………やがて、それは一人の人間の姿になった。 「固まれい」 櫻が最後一撫でして、術は完了を見せた。 出来上がった、人形。 その姿は…… 「わ、私っ!?」 茜莉は驚愕の声をあげる。 机に佇むその人形は、たしかに自分だった。 恐ろしいほどに、そっくりである。 しかし、人形である証拠に本物のように喋ったりはしない。 ただ、そこに佇むだけ。 「おぬしの呼気でつくったのだから、驚くことではない。おぬしの思いがヤツを呼び寄せよう」 これで、後は洙夏を待つだけ。 苓夜は茜莉の姿をした人形を机に置いたまま、皆に下がるように合図した。 それぞれ、壁際まで下がる。 息を潜めて、そのまま待った。 固まった時が、流れる。 (…来い) ……数刻たった時であるか。 ざわりと、背筋をはうような寒気を覚えて苓夜は気配が近づいたことを知った。 どうして、こんなに凶つ気配が強くなっているのか。 凶印の持ち主としてはかなり弱い部類に入るが、村にいた時よりは俄然気配が強くなっている。 (……それだけ、血を浴びたのか) 近づく気配が苓夜にも分かる。 もう…すぐ。 「!?」 キィ… ―――扉が、開いた。 Back/ Novel/ Next |
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