一.




―――リシ大陸の東に位置する大国、アリヴェン。
気候は年中穏やかで暖かい。
農耕民族の名残を今なお濃く残しているこの東の地方では、農業を中心とした生活を続けている。
秋深まるこの時期は、本来ならば収穫祭が盛大に行われるのもこの国の特色である。




「だからぁ、俺は王族ってぇのが大嫌いなワケよ。分かってる?」

アリヴェンの首都カーチェは、今夜も賑わいを見せていたが、下町と呼ばれる界隈の酒場で不遜にも、王族を平気で罵る男がいた。

売り子や商売女が先程からかすかに頬を蒸気させながら流し目をおくっている。
野性的な雰囲気、黒髪と深紫色の瞳が印象的な整った容貌。
服に隠れてはいるが、しなやかな筋肉がついていると一目で分かる。
だが、皮肉気な笑みを浮かべている口からでてくるのは、王家への罵詈雑言であった。

「あいつらが働いてる ワケでもねぇのに、税金という名目で俺らの金を奪っちまう」

「そのかわり、王は僕たちを他国から守り、国を整えているんじゃないか!」

男の言葉に最初は困り顔で聞いていた青年も、さすがに顔を真っ赤にして反論する。
それは、周りの客たちの心を代弁していたものだった。
先程はうっとりと見つめていた女も少し眉をくもらせている。

アリヴェンは非常に王家に対して肯定的な国だ。
穏やかな気性のせいというのもあるが、もっぱら、王家の民を大切にしようという姿勢が民の敬愛を集めたという話が主流となっている。

自分たちの王家が悪く言われて腹がたたない民はあまりいないだろう。
ここアリヴェンではなおさらである。

周囲の空気を知ってか知らずか、男は肩をすくめて溜め息をつく。

「あーはいはい。分かってる、分かってますってば。何もこの国のことだけを言ってるわけじゃないさ。それが王族の仕事だって知ってる。別に、キライってだけでちゃんと認めてるさ。ただねぇ……」

「ただ?」

薄茶色の髪がさらりと揺れる。
下手な言い訳は許さないぞと、山吹色の瞳が男を探るように動く。

男はもう一度溜め息を吐くと、独特な笑みを顔にのぼらせ言葉を発する。

「―――女王の護衛なんて、まっぴらだ」

低く小さな声だったので、目の前の青年以外には聞こえなかったはずだ。
唾を吐くような物言いだったが、青年は今度は怒りもせずただ黙した。
男がそう言うだろうと、依頼をする前から予想はついていたからだ。

青年は目を少しふせる。

「どうしても駄目かい、カイン?」

カインと呼ばれた男は、その言葉にじろりと目を向け睨んだ。

「当たり前だ。俺が王族嫌いなのは、おまえが一番よく知ってるじゃねぇか、ライナ」

ライナはその怒りを正当なものだと、思う。
だが―――

「でも……、僕は君以上の剣士を知らないんだ」

ライナと呼ばれた青年は、悲しげに呟き―――――短剣をさしむけた。

「…何のマネだ?」

予想もしていなかった相手に剣を向けられたカインは、それでも眉一つ動かさずに冷静に尋ねる。
刃は喉元にピタリと押しつけられ今にも切れそうだったが、その口元は皮肉気に弛んでいた。
まるで、ライナが自分を傷つけられないことを知っているかのように。

「!?」

だが、カインの余裕もそこまでだった。
ライナの短剣に気をそれていたため、隣の席に人が来たのに気づくのが遅れた。

「動かないでね。いくらあなたが強くてもこの人数に立ち向かうなんて、考えないでしょう?」

酒場中の男がとろけそうな笑みを浮かべた美女は、まるでカインを誘うかのような姿勢で横っ腹にナイフをあてる。
かすかにこの女からいい匂いの香水にまぎれて火薬のニオイもした……。

(くそ………!)

不意をつかれるなんて、まったくもって久しぶりなことだった。
目の前にいるライナを思いっきり睨みすえてやる。
カインがらしくもなく油断したのは、目の前にいる青年のせいに他ならなかったからだ。

「―――……ハメたな、ライナ」

怒りのため、くぐもって聞こえた声にライナはびくりとするが、短剣をもつ手に隙はなかった。

カインは諦めの溜め息をつき、降参のポーズをとる。
背後にも、一人。
全員剣の手だれとは言いがたかったが、さすがに3人に同時に剣を押し付けられては、身動きできない。
それに、ここまでする彼らの目的も知りたかった。

「ふぅ。分かった、分かった。降参してやる」

カインは隣にいる女に目を向ける。
相変わらず微笑をたたえている女に、にやと唇の端をあげて見せる。

「ずいぶん美人な姐さんだが………あんた、男だろう?」

カインに断言された美女は静かに笑っただけだった。
背後には、まだ幼さを残す少年がやはり隙のない様子で短剣をかまえている。
分はなかった。

「―――で?俺をどうするワケ?」

その問いに答えたのは、例の美女だった。
にっこりと微笑んで。


「城へ」







首都カーチェを横断するようにある大通りをたどっていった先、街の中心に城はあった。
東の大国の名にふさわしい立派な城だ。
だが、もともと農業国家であったためかいささか軍事面では頼りない感がした。

(へぇ……、これが噂に聞く『黄金(きん)のアリヴェン』か)

カインは近くなった城を見上げた。
この高台に建っている大きい城は首都に近ければ、どこからでも見ることができるが、こんなに間近で見たのは初めてだった。

白で統一された美しい外見、しかし田畑に陽がいきとどくように計算されて建てられていることが分かる。
装飾には金箔が使われていたが、ほんの少量である。
では、何故『黄金』と呼ばれるのか―――

それは、夜になれば分かるものだった。
陽が赤い軌跡を残しながら水平線の彼方へと消えた後、城内は明かり用の灯がはいる。
それは、城の外壁にも大量に灯される。
主に賊よけとして使用されるその灯火は、城全体を闇夜に浮かび上がらせる。

ぽつ、ぽつ、ぽつと橙色の灯が白い外壁をほんのりと照らしてゆく。
それは、幻想的な光景―――
やがて、すべてを照らしだされた城は、白い外壁を灯に照らして黄金に見えるという……。

それが、『黄金のアリヴェン』の由来。
この街に来るたび、それを見ているがこうして城が目の前にあるとまた違う。

(さて、今夜はそれをどこから拝むことになるのやら―――)

楽しい気分など欠片もしないまま、カインを連れた一行は城の中へと足を踏み入れていった。

(……意外とこじんまりなんだな)

内部はいったいどんな豪勢な廊下が待っているだろうかと思っていたら、場内は落ち着いた白で塗装されていた。
飾ってある調度品も派手すぎず趣味がいい。

「こっちだよ」

じろじろと不躾な視線で辺りを見回しているとライナが階段の上を指して、誘う。
カインは言葉を返す気にもなれず、無言で階段に足をかけた。

何段のぼったのか……おそらく、城の最上階のあたりで廊下へと進み奥を目指す。
豪勢な扉が迎える、最奥の部屋の前で一向は立ち止まった。

コンコンとライナがノックする。

「失礼いたします、ライナです」

だが、いつまでたっても許可の返事が返ってこない。
耳をすましてみると、中から言い争うような声が聞こえてきていた。

「陛下?失礼します――」

何かあったのかと、無礼を承知で扉に手をかける。
扉を開けて内部が見えたと思った時―――怒鳴り声が、聞こえた。


「―――――護衛なんて、まっぴらだわっ!!」



そう言い放ったのは、まだ年若い少女だった―――――






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