三. 「……事情は分かったわ。けど………」 リーシェはちらりとカインを見る。 視線を感じたカインは、器用に片眉をあげて応じる。 それを見たリーシェはキッと顔をあげた。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!! あーもうっ!すごくムカツクわ、この男!!本当にライナの親友?性格、少々難ありなんてものじゃないわ、最悪よ!こんな男はじめてだわっっ。―――護衛?冗談言わないでよッ!!」 今にも掴みかからんばかりの、怒涛の攻撃にカインは固まる。 この豹変ぶりは何だ? 「あーあ、リーシェ様キレちゃったね」 「……う〜ん、まあ、そうなるとは思っていたのだけれどね…」 少年と美女が苦笑いしながら、溜め息をつく。 そんな声をちらりと耳に入れながらも、カインはあっけにとられて反応できない。 この、変わりよう…。 ……先程までのたおやかな姿は何処へ消えたのか、これでは下町の娘のようだ。 顔を紅潮させ、肩で息せききって怒鳴る姿は、確かに十六の少女だった。 そういえば、一番はじめに聞いた声のカンジはこんなだったかもしれない。 (何だ、普通の娘じゃないか) つまらなくもあり、ほっともした。 何だか先程の挨拶はしとやかであったが、できのいい人形を見てるみたいだったのだ。 このほうがずっと普通でいい。 思わずカインの顔から笑みがこぼれた。 ……だが、紡ぎ出されたのはいつもの皮肉な言葉であった。 「女王サマに其処まで言われちゃあね。やっぱこの話はナシにした方がいいと思うぜ」 「そんな……カイン」 ライナが悲しげに見つめてくるが知ったことではない。 自分は初めから嫌だと言ったのだ。 それを無理矢理連れてきたのは彼らの勝手だ。 リーシェも、ぷいと横を向いている。 奇しくも意見が一致してしまった二人を見て、セルヴィはこっそりと嘆息をつく。 (どうやら、切り札を出すしかないようだ) セルヴィは、リーシェに諭すように静かに話しはじめた。 「……最近、王宮内で事件が多発しています。幸い、どれも未遂で終わってますが犯人の手掛かりは依然として分かりません」 「………」 リーシェは、眉をよせながら聞いている。 「ただ一つはっきりしていることは、どれも王の周辺で起こったということです」 「そんな……っ!私、そんなこと全然知らないわ。そんな……、どうして言ってくれなかったの?」 責めるような響きに、しかしセルヴィは軽く目を伏せただけだった。 「申し訳ございません。ここの所、多忙ゆえ控えさせていただきました。あまり根をつめられないようにと。……けれど、一向に手掛かりも掴めず<刀>だけでは陛下を確実にお守りするということができない、と判断致しました。何とぞ護衛をおつけ下さい」 カインは文句を言うのをやめてリーシェの言葉を待つ。 カインにとって今の言葉は言ってしまえば、何も大騒ぎすることではなかった。 王族が命を狙われるのはいつの時代もどこの国でも、別に珍しいことではなく当たり前のようにある話だった。 ただ、幼き女王の反応を見てみたかった。 しかし、静寂した部屋に響いたのは低く固い声だった。 「――――傲慢だわ」 「!?」 無表情にぽつりと呟かれた言葉にセルヴィはギクリとなる。 彼だけではない。 部屋にいた誰もが―――カインですら、息をつめてリーシェの次の言葉を待っていた。 「セルヴィ、おまえは『判断した』と言ったな。……おまえは其程偉いのか?『多忙ゆえ控えた』だと?―――痴れ者が!!それを傲慢だと言うのだ!」 王者の、瞳だった。 逆らう者を許さない、絶対的な存在。 ゴクリと喉のなる音で、カインは自分が緊張していることに気づいた。 彼女の…リーシェの小柄な体が、圧力を増して数倍の威圧感を感じさせる。 「―――……僭越でした。お許し下さい」 セルヴィが膝を折る。 <刀>の者たちも同様に膝を折る。 主に黙していた彼らも同罪にあるからだ。 リーシェはしばらくそれを見ていたが、溜め息と共に言葉を吐き出した。 「二度とするな」 皆、深く礼をする。 カインも詰めていた息を吐いた。 にぎりこんだ手にうっすらと汗をかいている。 軽い興奮をしていた。 たかが少女の言葉がこれほど重く感じるとは。 やや敬服の意をこめてリーシェを見やる。 注意深く見ると、……彼女のにぎった拳はやや震えていた。 (……はったり) ふと心に浮かんだその言葉に、すんなりと納得した。 そうだ。 彼女はまだ、17歳の少女なのだ。 恋をして、結婚に夢をみる年頃。 親の庇護のもと、ぬくぬくと生きていたって許される年頃だ。 侮られないようにと必死で強く見せようとする幼き王に、……少しばかり尊敬を覚えた。 だが、カインのそんな気持ちは、少女の次の言葉ですっとんでしまった。 「…でも、セルヴィの言うことにも一理あるわ。<刀>だけでは手に余るというならば護衛の件、…考えなくてはならないわね」 「………はぁ?」 何とも間の抜けた声を発してしまった。 先ほどまでと言っていることが違う。 絶対お断りではなかったのか? カインが呆然と立ち尽くすのと反対に、他の面々は一様に破顔する。 「リーシェ様…っ!」 「……そんなに嬉しそうな顔しないでよ、ライナ。本当は会ったばかりの男なんて嫌なんだからね」 「おい、俺はまだ何も――――」 カインの抗議の声は騒ぎに飲み込まれて消える。 「はい、リーシェ様。カインは、見た目はあんなですけど傭兵としてはプロです。心配は無用です」 にこりと笑んで話すライナ。 反対にリーシェは、腰に手をあてて悩んでいる。 「と言われてもね。まぁ、ライナの事は信用してるから、いいとするかな」 「だから俺の言うことも――――」 「やったぁ!さすがリーシェ様っ。じゃあ僕たちは全力で犯人を捜しますね」 「そうね。一刻もはやく。……できるだけはやくこの男と離れたいから」 にこにこと笑顔で会話を交わす二人。 とりあえず護衛の件を了承したリーシェに、ライナは嬉しさを隠せない。 今回、護衛を決めるにあたってカインを推薦したのはライナだ。 快くではないが、引き受けてくれただけで十分嬉しい。 次はカインの説得を…とふりむく。 その時、影が動いた。 Back/ Novel/ Next |
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