五. 怒るかと思われたリーシェは案外あっさりと言い放つ。 「私は、かまわないわよ。たぶん、そー言うだろうと思っていたし。ただ、公式の場ではやめてね。他国に侮られるのはごめんだわ」 すっきりとした笑顔で、名を呼ぶ許可を与える。 それは、信頼の証。 その言葉に、カインも口に端をあげて頷いた。 「了解。ま、それはあたりまえだな。俺だって自分の品位を貶めるようなマネはしないさ。アンタも文句ないよな?大臣?」 呼ばれた大臣セルヴィは、眉一つ動かさずに返答する。 「陛下がそう決められたのなら私はかまいません。ですが、他国との接触にはお気をつけ下さい。戦争中ということで、同盟国も皆過敏になっております」 ―――――戦争。 そう今は、リシ大陸の覇権をかけての大戦争のまっ最中であった。 東のアリヴェン、 西のリンカ、 南のナクール、 そして、北のフェリオス。 この四国は大陸の中で最も巨大な国だ。 大陸に四分の一を占める地域を、支配下に納めている。 軍事力だけではなく、地形や、交易なども含めて、四国の力は拮抗していた。 長い間、戦争が起きなかったのはそのせいだ。 その均衡が崩れたのが、二年前。 東のアリヴェンと南のナクールの王がほぼ同時期に倒れたことで、戦の火が再び勃発した。 仕掛けたのは、北のフェリオス。 自分たちを最も優れた人種と考え、軍事力に絶対の自信をもっているフェリオス帝国は、軍事力の最も劣るアリヴェンを標的とした。 その期に乗じて、西のリンカも参戦することを南にむけての行動で表した。 東と南は、それを防戦するのに精一杯で応戦までは辿り着けなかった。 それが、ようやく収まりがついてきたのが最近。 不安定だった東と南の二国が混乱を治めて、再び力を取り戻してきたので最近では小康状態になるまでにこぎつけた。 戦争終結も間近かもしれないという見解もでてきたというトコロだ。 ………だが、ここまで来るにが大変だったのだ。 実際、アリヴェンも甚大な被害を受けた。 リーシェが女王となってからだんだんと持ち直してはいったが、それでも軽い被害とは言いがたいくらいのものだった。 そんな時に、女王暗殺騒ぎである。 皆が敏感になるのは当たり前だろう。 「まぁ、そういうコト。ここで私が倒れたりでもしたら、折角おさまってきた戦が再び勃発しかねないわ」 「そうだな」 王というのは国の象徴であり土台だ。 王の身柄一つで、国が滅びたり栄えたりもする。 実際、そんな国をカインはいくつも見てきた。 「とりあえず、頼りにしてるわ」 「………とりあえず?」 「ああ……っと!そうそう、まだみんなを紹介していなかったわよねっ」 文句を言いたそうなカインを黙らせるようなタイミングで、リーシェは話題を変える。 「私が王のリーシェ。よろしくね」 にっこりと笑顔で挨拶するリーシェに、呆れ顔をしていたカインはやがてニヤリと笑みを浮かべて「ああ」とだけ言った。 「じゃあ、次。彼は、大臣のセルヴィ。無愛想だけど、頭は本当にいいのよ」 「………。大臣のセルヴィです。以後、宜しくお見知りおきを」 相変わらず、にこりともしない男にカインはとりあえず頷く。 大臣職なんかやっているのだから頭は切れるのだろうが、どうにも固そうなトコロが自分と合わない気がする。 絵にかいたようなマジメ、というカンジだろうか。 こういう輩は、からかいがいがあって良いのだが…苦手なのかもしれない。 そんな二人を見てリーシェも首をひねる。 「なんだか、対照的よね。水と油ってカンジかしら?ま、いいかな。次は………と、<刀>のメンバーね」 リーシェは背後に控えている4人を振り返った。 その中には当然、ライナも入っている。 「<刀>っていうのは、私個人の……私兵みたいなものかしら。でも、友達みたいなつきあいをしているわ。家族みたいなものね。……あ、それで、さっきあなたに投げられたのがメイゼス。父の代から城に仕えてくれているわ」 メイゼスは憮然としながらも口を開く。 「ワシがメイゼスだ。騎士団長も兼ねておる」 見るからに嫌そうな態度を隠そうともしないメイゼスにカインは苦笑せざるをえなかった。 外見から判断するにかなりの長い年月、この王家に仕えてきたのだろう。 騎士団長などという地位をもっているのだから、家柄もかなり良いということだ。 カインを嫌うのは、貴族のプライド……というよりは、騎士としての忠誠心の表れなのだろう。 多分に女王への猫可愛がりっぷりも含まれていたが。 「え……と、ライナはいいわよね」 優しげな容姿と温和な雰囲気をもつ青年と目があう。 ひらひらと手をふる友人にカインも手をあげて応じた。 先ほども(あまり嬉しくはない)挨拶をしたばかりだし、彼とはいつもこんなカンジだった。 今更、再会の挨拶を感動的にするような、ウブな間柄でもない。 お互いを認めて、また出会えたことを喜ぶ。 それで、十分だった。 「そして、彼がケイリャ。子供―――と言っても14歳だけど、腕はたつわ」 「へへっ。よろしくなっ、カイン!オレはケイリャ。下町じゃちょっとした有名人だったんだぜっ」 リーシェに紹介されて、ちょっと生意気そうな少年が、へへっと笑って前へ出た。 しっぽのように後ろでまとめられている髪がなんだか愛嬌がある。 「コソドロだったくせに……」 「あっ!メイゼスのおっちゃん、それは間違いだっ!オレは『盗賊』だったんだぜっ!」 「威張るなっ!!」 くるくると表情がよく変わる少年だ。 腕がたつ、と言っていたが酒場での一件を思い出し納得する。 実戦経験は少なそうだが、それでも彼も下町で今日まで生き延びてきただけのことはあるのだろう。 ケイリャに「おう」と声を掛ける。 そして、くすくすとまだ笑っている人物に目を向けた。 姿だけ見れば上等な女に間違いない。 容姿といい、身のこなしといい、かなり洗練されたソレだ。 高くもなく低くもない不思議な声は、よりこの人物を中性的にしていた。 だがその中にある何かまっすぐなものが、『男』を示す。 「最後にシアよ。……カイン、シアが男だって一発で見抜いたのだってね。私なんかすっかりダマされたわ」 「ふふ。シアよ。よろしくね、カイン。一応職業は医者よ。専門は薬だけど。何かあったら遠慮なく言ってね」 にこりと笑う姿は偽りだとは言えないくらい華やいだものだった。 カインも同じく笑みを返す。 「あぁ、医者とは心強いな。腕の方も期待していいんだろ」 カインが言うのは、<刀>としての実力のことだ。 シアは力強い笑みで答えた。 「もちろん」 そして、カインは一同を見回す。 いつもの、不敵な笑みでニヤリと笑った。 「もう知ってるとは思うが、俺がカインだ。まぁ、普段は傭兵をやってる。よろしくな」 Back/ Novel/ Next |
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