十.




「リーシェッ!!」

考えるより先に体は反応していた。
地を蹴り、目の前にいる人物へと手を伸ばす。
――守るべき、人物へと。


ボォンッ


「―――っ!」

小規模だが爆風がおこり、衝撃が身を包んだ。
カインはリーシェをその腕の中に抱え込み、リーシェはよく分からないままで抱えられ、共に床へと転がった。
ごろごろと寝台近くまで転がるが、鈍い痛みの中で硝子の割れる音を聞く。

「…怪我、ねぇか?」

腕の中のリーシェを助け起こしながら、カインは外傷がないか調べる。
幸い、どこにも支障がなかったようですぐに返事が返ってきた。

「私は大丈夫。………って、カインが怪我をしてるじゃないっ!」

助け起こされる際、服に隠れる位置のあたりに赤いモノを見てリーシェは声をあげた。
カインは渋ったが、問答無用でリーシェに袖をまくられる。
そこには、先ほどの爆発で飛んできた燭台 の欠片によって、小さな…けれどやや深めの傷から赤い血が滴っていた。
その色を見て顔色を変えたリーシェに、カインはわざと横柄な態度で文句をつける。

「ばーか。これくらいの擦り傷、怪我のうちに入んないの」

「そっ…そんなこと言ったって…。…〜〜やっぱり、駄目!!」

「…はっ?」

カインの言葉に迷うそぶりを見せたが、リーシェの視線は傷口から離れずに揺れていた。
やがて、耐えられなくなったように手首ごと自分に引き寄せて、睨みつける。
その瞳の奥にほんの少しの恐怖を見出したカインは、マズったと思った。

(やば……思い出したか)

先ほどまで、自分と話していた過去。
カインの傷が、赤い記憶に触れさせる原因となって。

「…リーシェ」

「手当て、するから」

「お前ねぇ……。自分が狙われたっていうのに、何悠長なこと言ってんの?」

「でもっ、怪我人はほっとけないわ!
それに、心配しなくても今はもうこれ以上ないわよ。カインだってそう思っているから、まだこの部屋に私を居させてるんでしょう?」

「ま、な」

肩をすくめながら、しぶしぶ肯定の返事を返す。
……まったくその通り、なのだが。
たしかに、部屋の中はもう危険は感じられないし爆発の規模から言っても大事にする程ではない。

だが、狙われているならもう少し警戒心が強くてもよいと思うのだ。
しかも、いらぬ気をまわされるとこちらも何だかやりにくい。
調子が、狂う。

(変なところで頭キレるから、余計に始末悪いよな)

ノロノロと、生まれてこの方やったことのないおぼつかない手つきで手当てをしようとするリーシェにはかまわずに、自分でテキパキと巻きつけていく。
リーシェを見ると、ようやくほっとしたのか 緊張を解いていた。

「ちょっと下がってろ」

残骸と成り果てた燭台へと進みながら、リーシェに来ないように合図する。

リーシェはあからさまな命令口調にも文句も言わず、素直に一歩後ろへ下がった。
ここは任せるべきだと判断したらしい。
それを確認して、カインは地に転がっている燭台だったものを間近で観察する。

カインは専門ではないから分からないが、おそらく人の気配に反応して爆発するように仕掛けてあったらしい。
カインが近づいても反応しない、ということはとりあえずもう危険はないと判断してもよいだろう。

(…と、すると)

剣の柄に手をかけて考え込む。
――先ほど、リーシェを部屋に運んだときにこの前を通ったときは平気だった。

それは、すなわち…

(先ほどの女が犯人か)

見覚えはなかった。
普段のリーシェの世話は女王付きのそれなりの家の出の侍女の役目で、カインもそのくらいの顔と名前は覚えたのだが、陽の入りとともに城中に灯りを入れる灯火役は一般の侍女に許されている、唯一の役割だ。

だが、こうして現に事件が起きたのだからそれもなくなるのだろう。
一部の官僚や……もしくは大臣セルヴィの一声で、一般の侍女はこの最高階に踏み入れるのを禁止され、灯火役も女王付きの侍女に仕事がまわることとなりそうだ。
尤も、女王付きの侍女だからといって、すべてを信用するワケにはいかないが。

その時、爆発音を聞きつけてきたのか、複数の足音が近づいてきた。

「陛下っ!ご無事でしょうか!?」

切羽つまった声。
内心、遅いな、と思いつつも特に口を出さずに扉を見やる。
声を聞いただけで分かる……扉の向こうで気を揉んでいるのは、おそらくメイゼスだろう。

(近衛兵さしおいて、騎士団長みずからお出ましかよ)

国を護る騎士団とは別に、城内を護る近衛団というものがある。
一応、近衛団は騎士団の中に組み込まれてはおり、メイゼスの部下と言えなくもないのだが……。
リーシェは、メイゼスが待ちきれずに進入して来ないように、許可の指示を出した。

「陛下、ご無事で何よりです。お怪我は、どこにもございませんでしたか?」

「ええ、大丈夫よ。……でも、メイゼス。騎士団のお仕事を放り出してきてはダメよ?私にはカインがついているのだし……」

「いいえっ!陛下をお守りできなくて何が騎士団でしょうか。……護衛がいくら強くても所詮は一人。陛下の身に何かあってからでは遅いのです」

カインはメイゼスの言葉に何となく機嫌が悪くなる。

「ほー。それは、俺を信用していないということか、おっさん。俺一人では女王を守る力量を持たぬと?」

「ふん。ワシはまだお主を認めたわけではないのだ。いざと言う時、真っ先に逃げ出すやも知れん」

「…このクソオヤジが」

メイザスの後について来た近衛兵たちが控えていたので、普段よりは丁寧に喋っていたつもりだが、怒りでつい地が出てしまった。
舌打ちをする。

「ちっ。言いてぇことは色々とあるが、とりあえず保留にしてやる。それより、事件(コレ)についてだ。誰か火薬に詳しいヤツはいないか?」

「あ?―――ああ…と、それなら…」

「シアよ」

「シア……っていうと、医者の姐さんか」

金の髪の美女の姿を思い浮かべて、頷く。
……が、怪訝に思ったことが表情に出ていたのだろう。
リーシェが笑いながら、説明してくれた。

「ふふ、シアはただの医者じゃないのよ。カインも傭兵稼業長いなら聞いたことあるんじゃないかしら?裏の世界では有名よ……『火薬使いのシア』って」

「へぇ〜。そりゃ、スゲエな」

素直な感嘆を口にする。

確かにその名に聞き覚えがあった。
麻薬から爆薬。果ては毒薬まで何でも調合してくれる天才と。
もっとも、それは此処アリヴェンではなく、もっと西のある下町でだったが。

だが、まさか城で……それも女王に仕えているなんて考えもしなかった。

「じゃ、すぐにシアを呼んでくれ。あと、セルヴィはどこにいるんだ?」

爆発は城内にいるならばおそらく知っているだろう。
リーシェに何かあればすっとんで来ると思っていたが、その気配もない。
メイゼスも首を捻る中、リーシェがあっと声をあげた。

「セルヴィは、城にいないわ」

そこでいったん切って、メイゼスに合図をした。
内密な話だから、と部下の退出を命じる。
部屋には、カインとリーシェとメイゼスの三人だけとなった。

周りにたしかに人の気配がないことを確認して、リーシェは頷いた。
続きを言う。

「セルヴィ……大臣は、国境に赴いているはずよ」

「…?何のためにだ。戦争のためか?」

「ワシは何も聞いていないですぞっ!陛下!?」

「ま、待ってよっ。―――待ってってば!!」

ぜいぜいと荒げた息を整えて、こほんとリーシェは二人を見た。
カインはともかく、メイゼスまで一緒になって疑問をならべないでほしい。
一応、団長なのだから、部下にしめしがつかないではないか。

「あのね、メイゼスが知らないのも無理はないから安心していいわ。……内密な会談があるの。二人を信用して言うけど、―――戦争終結の話よ」

「!!」

息をのむ。
相手は…――

「フェリオスよ。…実を言うと、リンカ・ナクールにはすでに話をつけてあるわ」

北のフェリオス。
今回の戦を真っ先に始めた国だからこそ、最後まで手を出せなかった。
おそらくは、休戦期の話し合いに赴いているのだろう。

…しかし、騎士団長のメイゼスが知らないということは、護衛は誰がしているのだろう?
聞くと、リーシェは当たり前と言わん顔つきで笑った。

「セツを含めた裏刀に行ってもらったわ。騎士団じゃ目立ちすぎるもの。かと言って、危険なことに変わりないんだし…」

「そう…か」

うーんと頭を捻る。
本来、こういう役目はセルヴィのがあっていると分かっているだけに、なるべくなら彼の手がかりたかったのだが。

(仕方ねぇ。俺がやっか)

面倒などと言っている場合でもないしな……と、溜め息をつきたい気分なのはとりあえず置いといて、顔をあげた。
リーシェとメイゼスがこちらを見る。

「…とりあえずは、シアだな。あとは、メイゼス。今日の灯火役を調べてほしい」


さて、行動開始だ。






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