十四.




セルヴィとセツが捕らわれている館の最上階。
一際豪華な部屋の窓辺に、館主バール・ギースは佇んでいた。

「美しいな」

笑みを含んだまま、彼は一人呟く。
瞳は眼下に広がる広大な森を写し、その先は遙か彼方のアリヴェン城。
茜の陽を浴びて朱に染まるその城は、戦火の只中にあっても変わらずその美しさが保たれるだろうことが想像できる。
むしろ民の赤い血が、城壁について華麗に映えるだろうか。
……ふと、城が堕ちる日が見てみたいと思った。

「…ありえまい、がな。アリヴェンは其れほど小さき国ではない。そして私もそれを望まぬ。望むのは……」

その時、コンコンと扉を叩く音がした。
入ってきたのは部下の一人。バールはその部下に所用を命じていたことを思い出した。

「どうなった?あちらは了解したのだろうな?」

「……は。何事もなくスムーズに決まりました」

バールはその言葉に目を軽く細める。
探るように、指で窓を叩きながらもう片方の手を顎に置いた。

「何事もなく?……あれだけごねていたというのにか?」

「は。なんでも女神のお告げがあったからだと申しておりましたが…」

「そんなワケなかろう。誰よりも神を信じていないのはヤツだぞ。もしそんなに信心深かったなら、今頃自分の罪を悔いて身投げでもしているだろうな」

ノドの奥だけで笑った主人を部下の男は表情一つ崩さずに見つめている。
やがて、バールは強めに窓を叩くと視線を戻した。

「………まぁいい。たとえ何か企んでいたとしても、私の計画に支障をきたさなければよいのだ。幸いにも駒は揃い順調だからな」

くく、と最後にもう一度笑ってバールは窓の外へと向き直った。





*   *





「ふぁ…。眠てぇ」

随分高くなった空が茜に変わる頃、本日の仕事から解放されたカインはぶらぶらと城の中庭を歩いていた。
中庭と言っても奥の方に作られており、貴族でもよほど高い地位でなければ立ち入れないようになっている。
所々には警備兵が立っているが基本的に人の気配がなく、閑散としている場所でカインがよく好んで行く所であった。

「あー!俺の場所っ!」

夕陽がよく当たるベンチを見つけて、ひと眠りでもしようかと思っていたところへ、高めの少年の声が響いた。
子犬が噛み付くようなその勢いに、ビックリして思わず動きを止める。
その間に少年はズンズンと歩いてきてカインの目の前へやってきた。
見上げるように睨んでくる目つきも、膨らんだ頬もまだまだ子供のソレだ。

「ココはオレの特等席なんだ。勝手に座んなよ〜っ」

「…ああ?」

盛大に不機嫌さを表していた声だったが、少年―――ケイリャは宣言してスッキリしたのか忘れたようにニカッと笑った。

「よ!カイン、こんなトコで何やってんだ?」

子供特有のその無邪気な笑みに、思わずこちらも力が抜けてしまう。

一つ軽く息をつくと、ケイリャに背を向けて歩き出そうとした。
別にケイリャに遠慮したワケではないが、このベンチに拘るのもなんだか馬鹿馬鹿しいと思ったのだ。
広いアリヴェンのこと。心地よい昼寝スポットなら既にカインはいくつか見つけていた。
幸いにも、今はお目付け役のように五月蝿い大臣がいないことだし、こんなところで時間をつぶすよりもよほど有効活用というものだ。

……が、幼き<刀>の少年は不満だったらしい。

「なぁ、無視すんなってばー!」

「るせーな。俺は眠いんだ。オマエにかまってる暇はねぇの」

「……む〜」

ケイリャが押し黙ったのをいいことに、再び歩を進める。

…………と、


「―――あのさ、俺まだアンタを信用したワケじゃないから」


決して大きいワケではなかったその声は、しかしカインの足を止めさせるには十分だった。

驚いたようにカインが振り返ると、先ほどまでむくれていたケイリャは静かに…けれどまっすぐに視線を向けてきた。
射抜くような視線。強き意志の力を感じさせる瞳だ。
それを見て、カインは「ああ」と心の中で思う。
この少年は思ったよりも子供でないらしい。自分の不満を抑える時を知っている。

「何で皆平然と受け入れられるんだか、分かんねー。……そりゃあライナのことは信用してるし、セルヴィの言うことも分かる。けどさ、ついこないだ会った奴をどうして信用できる?」

しかし本人に言ってしまうあたり、やはり子供であると胸のうちで苦笑する。

(同感ではあるけどな)

カインも不思議でならなかった。
セルヴィやセツは分かる。ああいうタイプは感情よりも理性を優先するほうが当たり前なのだ。
損得を冷静に分析できるからこそ割り切れるものがあるのだろう。
シアやメイゼスは不満を持っているかもしれないが、それを見せるほど子供ではない。

――――――だが、あの女王は。
不満を見せず……というより、不満を持っていないように見える。当初こそ喧嘩になりかけたくらいだったが、今では微塵も見られない。
なんでだか、カインを信用しているようなのだ。
言葉でどうこう言えるものではなかったが、ふとした空気がそう感じさせた。

(命を助けたから?…いや、その前からだった気がする)

考えこんでいると、ケイリャは意外なことを言った。

「カイン、あんたも変だ。『王族嫌いのカイン』の話は俺もよく聞いてた。俺、リンカから流れてきたヤツとダチだからさ。今回と似たような依頼があった時、アンタは問答無用で使者を蹴り飛ばしたんだってな」

商業国リンカは傭兵に対して他国よりも断然寛容であり、ギルドも最大規模となっている。
かくいうカインも傭兵になってからは、よくリンカを拠点としていたものだった。

「多少強引に連れてはきたけど、今回も断ると思ってたんだ。けど、アンタは受け入れた。…その場しのぎじゃなくてさ、次の日からちゃんと護衛してた」

「…契約は守るものだろ」

「ううん、ちがう。……なんて言うのかな。熱心?うん、契約を交わしただけにしては熱心なんだ。―――俺、知ってるんだ。あんたが昼寝しているのは、夜中見回りしてるからだって」

「―――」

知られていたことに、驚いた。
誰にも――まぁセツくらいは知っているだろうが――リーシェにすらバレてないのに。
こっそりため息をつく。

「つか、何でオマエが知ってんだ?夜は下町に帰ってんだろーが」

「え?あはは、まぁそれはちょっと厨房へつまみぐいに………って、俺のことはどうでもイイんだって!つまり、だから、だからさ…」

ケイリャは急に勢いをなくしたように、小声になった。

「……だから、分からない。見たままのあんたを信用していいのか、疑うべきなのか」

分からないから信用できない。
分からないから疑う。

すべてを楽観的に受け入れられるほど子供ではないが、物事を冷静に判断できるほど大人でないから悩む。
たぶんそれは大事な主君に関わることだから、余計に複雑に考えてしまうのだろうけど。

(………)

言葉につまったのか、口をもごもごさせているケイリャにカインは、ニヤと笑みを浮かべた。


「疑えばいい」

「え?」

「疑えばいーんだよ。好きなだけ疑って、オマエ自身の答えを見つければいい」

分からなければ悩めばいい。分かるまで、悩めばいいのだ。
自分が納得していない命令にどれほどの価値があるだろう。
すべてを鵜呑みにするだけが、臣下ではない。

―――俺は、逃げも隠れもしねぇぜ?

そう言っている瞳が、楽しげな光を宿している。
一見からかっているようにも見えたが、その言葉は何故かケイリャの胸の内にすとんと落ちてきた。

(俺自身の、答え…)

それは、主君の意思に逆らうことになるかもしれないけれど。
だが、確かなものが得られそうな気がした。

ケイリャはすっきりとした笑みで、カインを見上げる。

「…――おう!容赦はしないぜ!俺の目はごまかせないんだからなっ」

「は。楽しみにしてるさ。だが、夜中に厨房に出居りするようなマネはするなよ?賊と間違えて、うっかり斬りつけちまうかもしれねぇぜ」

「う…っ。分かったよぅ。けど城の食料ってマジでウマイんだぜ〜」

それに俺は盗賊だから簡単にはやられないぜ!と笑うケイリャは、もうあまりカインにわだかまりを残していないようだった。
どことなくホッとして、ベンチに腰掛ける。

…………と、すかさず横から声が。


「―――だからっ、そこは俺の特等席なんだってばッ!!」






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