3.light of a downtown area 今夜は語りたい気分なの、と言ってからシアは話しはじめた。 「そもそも、シアというのは本当の名前ではないの。 昔は―――そう、レイルと言う名だったわ…」 「レイにぃー」 ぱたぱたと幼い少女が駆けてくる。 まだ言語すらしっかりとしてないが、その愛くるしさはすでに身につけていた。 ぽすっと軽い音をたてて少女は何かに抱きつく。 「レイにぃっ」 「リアラ」 難無くその身をうけとめる。 瞬間、光がふってきたかのような錯覚をうけた。 煌めく金のヒカリ。 薄汚い下町の中でこの兄妹は目立つ容姿をしていた。 こぼれんばかりの金の髪。 これは闇の者たちにはいささかまぶしすぎた。 後ろ暗い者ばかりの下町では、あまり歓迎されない色だ。 だから、いつもそのままで飛び出してってしまうリアラに注意し、レイル自身はターバンをまくのを怠らなかった。 下町のルールを知っていたし、自分の両親が何をやっているのかも十分理解していたから。 しかし、そんな慎重なレイルが今日に限って髪を隠すことを忘れていた。 よく似ている兄妹は、体格の差以外にあまり違いがない。 しいてあげるなら瞳の色。 レイルが深い紫なのに対してリアラは藍に近い青だ。 あとは……リアラの泣きぼくろくらいだろう。 そこを涙の通り道にさせてしまうことが確かになる予感を抱きながら、レイルは苦い思いを噛み下した。 ごめん、と心の中で呟く。 「リアラ、よく聞いて」 その小さな頬を包んでレイルは残酷な言葉を吐き出す。 不思議そうに首をかしげる妹が不敏でならなかった。 「父さんと母さんが死んだ。……僕とリアラは、離れて暮らすことになったんだ…」 「…父と母は、闇の者の中でも暗殺者という昏き者だったわ。依頼のためなら赤ん坊から老人まで殺す冷酷な殺人者。薬の知識をくれたのも両親よ。…もちろん医療のためなんかではなくて暗殺としての知識だったのだけど」 「……」 カインは黙って話を聞く。 返す言葉がないのではなくて、シアが慰めの言葉を欲していないのを分かってるからである。 過去は過去であり、とうに整理はついているのだろう。 シアの穏やかな顔つきを見ていれば分かる。 「確かに両親は人をたくさん殺してきたけど、その報いはうけたから。――両親は殺されたのよ。おそらく被害者の雇った暗殺者に」 「因果応報……か」 良き行いは良き事象となって、 悪き行いは悪き事象となって、 自分の元へと返ってくる。 「私が見つけた時はすでにこと切れていたわ。それを見つけた時、確かに悲しみがわいたわ。けれど、それよりも考えたのは自分たちのことだった…」 まだまだ親の庇護なしでは生きていけない年齢。 自分はまだいい。手に技術をもっているから。 だが妹はまだ2歳…。 独りで生きてゆけるハズがない。 また守ってやるだけの力を自分はもっていなかった。 「両親を土葬した後、迷うことなく孤児院を頼ったわ」 「…他に血縁はなかったのか?」 他人に干渉しないのがルールの下町の住人とは違い、情をもってくれる親戚はいなかったのか? そう思い、尋ねればシアは困ったように笑った。 「暗殺者になったときにすでに両親は家に絶縁されているのに?……無理だったのよ。私は両親の血縁の話を一度も聞いたことなかったのだもの。もし知ってたとしても、追い返されてしまうのがオチでしょう」 だから自分達だけで生きていかなければならなかった。 「幸いにも、リアラの『家』はすぐに見つかったわ」 古びた孤児院は今にも倒壊しそうな外観をしていたが、国教であるエナ教の教会であったため、内部はそれなりにしっかりとしていた。 …その入口で。 少女が悲痛な声で叫んでいた。 「いやッ!にぃもいっしょなのーッ!」 わんわんと泣きながら袖をひっぱっているのはリアラ。 よく分からない「孤児院」というものにおいていかれると聞いて、力の限り抗った。 「リアラ、いい子だから…」 「いやーッ」 首を横にふり涙をぽろぽろ流す様は、見ているだけで痛々しい。 孤児院の尼僧たちも心配そうに眉をひそめている。 レイルは立ち上がった。 これ以上リアラのためにできることはない。 「リアラ、元気で」 ぺこりと院長に頭を下げる。 高齢の院長はやや困惑気にレイルを見返した。 「リアラのこと、お願い…します」 「あなたはどうするの?妹さんをおいて、あなたは…」 「僕は……大丈夫」 にこりと、笑む。 その笑顔に院長は哀しげな表情になる。 「ごめんなさいね…」 フルフルと首をふって否定する。 「無理にお願いしたのは、僕だから…」 それでもまだ申し訳なさそうな顔であやまる院長とその周りで何か言いたげな尼僧たち。 それを見てレイルの胸のうちに、微かに苦いものがよぎる。 (…ここで僕が「残る」と言ったらどうするんだろう……) 周りの尼僧もその事を危ぶんで、院長に拒否の眼差しをおくっている。 定員ギリギリの―――いや、本来は定員オーバーしているところを無理にごねてリアラの分だけ確保してもらったのだ。 他の尼僧はともかく、院長をこれ以上困らせてはいけない。 心優しき院長に、レイルは礼を言葉にするかわりに頭をさげた。 「レイにいーーッ!」 そして、妹の叫び声を背に、孤児院を後にした…。 責任を果たして、行き場を失って、薄暗い下町の路地が三度目の闇に染まる頃―――レイルは自分の考えが甘いことをイヤというほど知らされた。 (おなか、すいた…) 持っていた金は、最初の日に掏られた。 三日の間、一カケラも胃にいれていない。 水は街外れの井戸にいけばいくらでも手に入ったがそれだけでは腹はふくれないし、第一、市街の者たちがあまりいい顔をしない。 貧しい身なりの下町の住人を嫌悪している者もいる。 同じ水を飲むのだって嫌われるのだ。 だが、そんなことよりも……何か食べたかった。 ―――独りで生きていけるなんて、嘘。 クセ者ぞろいの下町で仕事がプロじゃない者なんていない。 でなければ、この厳しい世界で生き残れない。 その中で10歳にもならないレイルが仕事をしようにも、無理というより無謀だった。 たとえ知識があったとしても実績がなければただの素人だ。 レイルは細く暗い路地で猫のように丸くなった。 これが一般人なら一晩で盗賊に身ぐるみはがされるところだが、ボロボロの服のレイルはその点心配ない。 酷くやつれた面差しで、目を閉じた。 (明日はどこへ行こう…占場は行ったし、闇酒場は追い出されたし…他に行くところなんか、ないよ………それよりも…おなか…へっ…た…な……) 意識が闇に包まれる。 それは安らかなものではなく、孤独を思い出させるような、冷たい闇。 暗い、昏い、くらい……――― ふわっ 何だか…あたたかい。 (な…に…?) 陽の、ニオイ。 天に向かってまっすぐ咲く花のように。 光が見えた。 「それが、私とティンリスの出会い…」 『――光子(ひかりご)、どうした?』 Back/ Novel/ Next |
|