4.an exotic prostitute



「ティンリス?」
「そう、ティンリス・リェンラン」

シアは懐かしさに目を細めて天を仰ぐ。
そこにあるはずの月を見ているかのように。

二人の歩みはいつの間にか止まっていた。
城の裏森を抜けでたところ。
切り取られたかのような崖の上。
煌めく三つ星を天に頂き、皓き月だけがかの存在を優しく見守る。
その月がない今夜は、カインとシアのただ二人が客人(まろうど)だった。

「ここが、ティンリスの墓」







女はティンリスと言った。
羽織っていた長い外套でレイルを包むと、そのまま抱き上げた。

「ど…どこ行くの…?」
「安心おし。あんた食べてないんだろう?ウチに来な」

安心させるように、ふわりと笑む。
切れ長の瞳を見ながら、レイルはこのティンリスという女がずいぶんと美人なことに気付いた。
透けるような銀の髪と銀の瞳。
その珍しい組み合わせの色と名前が、彼女が異国の者だということを物語っていた。

「…えっ、あっ…おろして…」

軽々と抱き上げられてしまってレイルは慌てる。
甘い芳香が衣から微かに漂ってきて、真っ赤になった。
だがそんな小さな抵抗は、ティンリスによって一蹴される。

「馬鹿をお言いでないよ。こんながりがりなくせして。つべこべ言わずにおとなしくしてな」

有無を言わせぬ物言いに黙るしかなかったレイルを、ティンリスは自分の『家』へと連れ帰った。
そして、その日からそこはレイルの『家』にもなった…。







「銀の髪に銀の瞳?一色なら北にわんさかいるが…たしかに珍しい組み合わせだな。異国――異大陸の者か」

名の響きも聞いたことねぇしな、と続けるカインにシアも頷く。

「どこか島国の出身だったって言ってたわ。海をこえて、来たって」
「海か」

そう聞くとカインはやや目を輝かせた。
話に聞くだけの広い外の世界に心ひかれるのは、大陸中を旅した者には当然のことだった。
だが、幾人もの冒険家が新大陸目指して旅立っていったが、船の技術力が足りないのか碧き海原をこえて異大陸へとたどり着けたのはごく僅かだった。
逆もまた同じ。
そのため交易もあまりままならない。
一部の香料はすごい高値で取引されるという話もある。

そんな中で、実際に人が来たというのはとてもすごいことの筈だ。
大陸中を旅してきたカインですら一度もお目にかかったことがない。
感心した風にあいづちをうつカインに、シアは複雑な表情をした。
曖昧に、微笑む。

「知らない?それは当たり前のことよ。表だっては公表されていない……いえ。とても、公表できないようなことだから」

瞳を陰らせて足元を見つめるシア。
怪訝そうにするカインにふと昔を思い出す。

(―――ああ、そうだったわ)

私も、驚いた。

「リンカ、と聞いて思いつくことは?」

一呼吸の後に、シアは問う。
突然の話題の転換にカインは驚きながらも、連想される事をならべていく。

「リンカ国――西を統べる大国、長寿な女王、砂漠、交易都市、…………………奴隷…制度…」

最後に呟いた言葉が、ぽつりと胸に残った。
思わず苦い顔をしたシアを見るまでもなく、カインも気付いた。

――――奴隷。

古来より商業が盛んな国だからこそおこった制度。
人に値段をつけ売り買いし、人権すら金で買う。
そんな昔からの制度が未だに西ではある。

「…そうか」

気付いたカインにシアは哀し気な微笑をむける。

「彼女――ティンリスは、東方の島国で奴隷狩りにあいリンカに連れてこられ…そして、焼き印をいれられる直前で逃げてきたの…」







連れてこられたのは、ずいぶん派手なところだった。
きらびやかな照明と装飾。
下町では表のほうにあたる界隈の建物には、色とりどりの布をふんだんにつかって着飾った遊女たちがあたたかくレイルを迎えてくれた。
いや、おもしろそうなものを見て喜んだ…というほうが正しい。
人間嫌いのティンリスが何を拾ってきたのかと。
ティンリスの部屋は西の端にあった。

「…と、ここだよ。待ってな。今、粥でも持ってきてやるよ」

ぽふっと降ろされたベットは陽の匂いが残っていて、緊張していたレイルに安心をもたらした。
やがてティンリスがもってきた卵粥をきれいにたいらげる頃にはレイルは普通に喋れるようになっていた。

「女将には話をとおしておいた。あたしの目の届く範囲ならば自由にしてていいとさ」

にこりと笑む女にレイルはどんな表情をしていいのか悩む。
冷たい銀の瞳に吸い込まれそうで、ほんの少し怖かった。
落ち着かない気持ちを持て余して左手で探るとやわらかい毛布の感触があたる。
そこで初めてレイルはまだ自分が何のお礼も言っていないことに気付いた。

「あの…ありがとうございます」
「……ん?ああ、気にしなくていいよ。ただのきまぐれだから」
「き…きまぐれ?」

首をかしげたレイルに向かってニヤリと笑う。
その表情はどこか、野性的なカンジがした。
ティンリスは手をのばすと、くしゃりとレイリの髪を撫でる。

「この……金の髪が闇夜に映えてね。興味心で近寄ってみたんだけどね。――その、色が」

その、紫が。
ティンリスはレイルの瞳をまっすぐに見つめる。

「深い夜の色でもあり明け方の暁の色でもある。…あたしは、その色が大好きなんだ」
「へぇ…」

ゴホッと一つ咳ばらいをしてティンリスは質問をしてきた。

「あんた名前は?」
「え……レイルです」
「レイルか。あたしはティンリスだ。……気になるんだろう?この、色が」
「えっ…あっ!」

じいっと髪と目を見つめていたことがバレて、レイルは顔から火がでる思いだった。

「ごめんなさい…」
「いいさ。別に慣れてるしね。……見ての通り、あたしは異邦人さ。遠く東の島から来た」

そこでやや目をふせる。
瞳にかぶさるような銀のまつげを美しいと思った。

「…何が起きたのか分からなかったよ。人々の悲鳴や罵声、そして火の臭い。いきなりやってきた奴らに平和に暮らしていたあたしらの島は踏みにじられた。
―――……気付いた時には船の中だったよ。
両手を鎖で繋がれてね。半分自暴自棄になっていたのかもねぇ。リンカの港に着くと同時に船から脱出して焼き印を押される前に逃げ出しんだ」

「それで…この…」
「――この娼館に来たってワケさ」

言いあぐねているとティンリスが先をひきとって言ってくれた。
そう、娼館。
異邦人がまっとうな職につける筈もなく、娼妓へと身を墜とすほかなかった。
レイルはうつむく。

「…ごめん、なさい」

その言葉に破顔した。

「かわいいこと言うじゃないか!ウチで働くかい?」

ティンリスの快活な笑い声が、隣の部屋まで響いた。





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